いわきび、森の明るみへ

四国の片隅から働き方や住まい方を変えたく奮闘中。既定路線から降りても研究と執筆を開花させるには?人生の時間比率は自分仕様に!

自分仕様の休日

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久々に県外へ行ってきた。本当はGWに行きたかったのだがまたしても風邪をひき、体調が悪くてとても遠出する気にはなれなかった。

この日帰り旅行というのがじつは思いのほか時間のロスが多い。何度か書いているように地元は交通アクセスが不便でとくに海を渡るまでに実質半日は吹き飛ばす移動法にどの交通手段を選んでもなってしまう。今回も例外なくそうだった。晴れて暖かな日ならまだしも今日みたいに明け方まで雨で風があり寒い日などは現地着〜目的地出発便までの時間をどうにかして室内で過ごさねばならない。でも、昼からはとても日差しが強く帽子を忘れたのを後悔するほどだった。


行ってきたのは高松市牟礼町にあるイサム・ノグチ庭園美術館。晩年のノグチがアトリエを構え、牟礼町特産の庵治石ほか全国、世界から運んだ石を用いた彫刻作品やその制作の跡が残されている。


五月の空と新緑の葉ずれのもと白くまぶしい世界が広がっている。周囲は山道と戸建の家、石材会社が立ち並ぶ。私を含め20数名の観客を連れて館のガイドさんが案内してくれる。著作権上の問題から写真撮影禁止のため、作品をここへ載せることはできない。しかし、石切場とそこへ揺れる木々、日差し、石の輪郭、制作小屋、未完のものも多数あるという作品群は生きているあいだにぜひ見て味わって頂きたい。カキツバタやヤツデの繁る水路、急斜面に作られた石の川、 履いて整えられた地面に浮かぶ石たちの影。

暗い小屋の中に安置された玄武岩の石彫を前に、私は涙がにじむのを感じた。20世紀という国家の時代を日米二つの国に翻弄されながら続けた制作の跡が闘いでなくて何であろう。孤独のうちに生み出された作品に漂うユーモアと洗練性。 ニューヨーク、パリ、インド、イタリア等各地を飛び回ってなお掬い上げられた日本文化の一部。それはノグチでなければ決して形にすることができなかっただろう。


帰路は平穏な休日の午後だった。冒頭の写真は道端のヤグルマギク
ほかにこんなのとか

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ヘタっている犬とか

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川面も若草も光るのどかな光景だった。

バスが来るまで30分近く。
さすがに日差しがきついのですぐ横の緑地に入る。楠並木の下にイネ科の草と、ニワゼキショウと水色の小さな花の群生を眺めながらベンチでぼんやりする。

7年前の初夏を思い出す。震災後の歪み、慣れない仕事、災害とは無関係ながら当時突然訪れた親しい者たちとの断絶、そして数百万に及ぶ教育ローン返済。それらを抱えながらも私は愛用の原付で山地や郊外へ赴き、イタドリやミヤマハンショウヅルやケヤキやブナ科の若葉の下に佇み没頭し楽しんでいた。生活は間違いなく今より不安定だったにもかかわらず、限りある時間や予算で暮らしを楽しむことにあっては確実に今より真剣だったと思う。

翻って、ここ最近は「社会性」や歳相応の振る舞いというのにずいぶん縛られていたのが遠出してみてわかる。現職で日々感じるあれこれはしかし、学歴やそれまで従事してきた分野と就いた職にそれほど乖離がない者と自分を比べてみてもさしたる意味はない、と今日ふと思いもする。だいいちこれだけ流動性の高い時代に「どこでも通用する人材」を目指すことやそんなものが居ることを想定すること、どこであれ一部業界の自明性を拡大解釈しただけの「常識」に合わせようとする試み自体有効性が疑わしい。

例の教育ローン返済はだいぶ解決のめどが立ったし、こうしていまやっと、働く者としてごくありふれた休日の使い方ができているみたいだ。地元へ戻るバスからそんなことを思う。


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写真は庭園美術館入り口。基本写真撮影禁止ながらこれだけはOKとのことで。人が作った社会の枠組みに対して順応と問いのはざまを行き来し、自分なりの足跡ーフォルムを築きあげたいものです。

この手にあるはずの未来

 祝福を。

 久々の更新です。今回はちょっとした覚書のようなものを。
 例の奨学金返済があと数ヶ月で完済の見込みがついたので、今の心境を書きます。


 約7年半、正確には2年前から私は本格的に繰上返還を繰り返して、返済残額をひたすら減らしてきた。

 当初は月々の返済を細く長く続けながら貯金をし、自活しながら次のステップへ行くつもりだったが、
前職はあまりに賃金が安く不安定でまとまった金を作るのが容易でないことに加え、借金のほうを先に片づけないと部屋を借りようにも家族が保証人を引き受けないという考えでいることが判り、「次のステップ」代に貯めた貯金を全部返済に回してしまった。

 この間犠牲にしたものは多い。服装や髪型、持ち物選びも「人並み」をあきらめた。
当たりはずれの多い千円カットに単価2千円を超えない衣類。同様の運動靴。でもそれもそろそろ終わりにして、歳相応の身だしなみができるだろう。だが若かったその時間は戻ってこない。

 どのみち、いずれ返さなくてはならないもの。借金を残しておいて良いことは一つもない。
 むろん、生活はとても不安定だった。 


 借金を抱えることの問題とは何か。

 それは、お金よりも時間の感覚が狂ってしまうことではないかと思う。

 月々の返済がいくらであれ、返済残額がよほど所持金を下回らない限り、
どんなに稼いでもそれは純資産ではない。

 それゆえ、自分にはお金があるのかないのかわからなくなってしまう。それは自分が持てる時間の、ひいては未来の有無が不明であることを意味する。

 収入が不安定なのもキツイが、それ以上に辛いのは支出が不安定なことである。繰上返還の金額は毎回自分で決められるが、いつも手元に残す金額と、翌月以降の繰上返済額、そしてその月に不測の事態が起きた時のクッション費用を考慮して緻密に計算し、戦略を立ててきた。これも頭を使うと使わぬでは雲泥の差で、いくら無利子の借金でも漫然と月毎の返済をしていたのではなかなか残額が減らない。とはいえこれはふつうの生活に比べて懸念事項が増え、かつ複雑になることだ。

 なにしろ返済期間の経済状況は、風呂の栓をあけたまま湯を入れ続けるようなものである。まるで砂時計の砂がこぼれるように、実際にはそれを上回る量の時間と未来が、この手をすり抜けていった。

 いま、ようやっと自分の所持金は返済残額を上回るようになった。でもそれも二十万以内のことで、
出費が多ければ(生活に大過なくとも本州へ出るには旅費が要る)容易に所持金は減る。が、そうはいっても返済が順調であることに感謝しなければならない。

 わたしには時間があるのか、ないのか。未来があるのか、ないのか。先月の誕生日でアラフォーの仲間入りを果たした自分の手には、ほんとうはもっと多彩な可能性が握られていたはず、と思わずにはいられないのです。

生存戦略なかば

 祝福を。
 相変わらず地元暮らしがしんどくて胸中グダグダのいわきびです。

 それは、この街が悪いのではない。
 それは、自分が悪いわけでもない。

 ひとえに自分の求めるものと、地元の特色や提供してくれるものが噛み合わないだけである。


 コンパクトシティとしては大変理想的な街です。規模が小さい分、比較的職住が近く(その代わり交通アクセスは何を使ってもまだるっこしい。直で行ける場所が少ない。道が狭い。そもそも道と呼んでいいのか疑わしい小路をクルマが走っている。)、他の大都市圏よりも家賃が断然安く(これは本当。ファミリー向け物件の多い郊外より、中心街それも学生街エリアだと2~3万円台の貸部屋がザクザクある)、野菜高騰の折にも産直ではなお良心的な価格で手塩にかけたであろう作物が並んでいる。チェーン店やショッピングモールが増えるかたわら個人店が健在でなかでも個人経営の飲食店とパン屋は穴場が多い。交通マナーは酷いが、人々の歩く速さは概してゆっくりで、バスや電車の乗降で多少もたついても運転手ほか皆さん気を立てることなく待ってくれます。

 ただ、主要施設が中心街に固まっておらず分散して立ち、かつその動線も考えて作られたとはとても思えない。だいいちJRと私鉄の駅が離れすぎている。県外へのアクセスが不便。そこを拠点に県外へしょっちゅう移動しながら活動しようと思う人には住みにくい街だろう。


 さて。上記に「自分が求めるもの」と書いたので、もともとどうしたかったのかを振り返っておこう。

  労働は、必ずしもやりたいことと直結していなくてもかまわない。だから異業種転職もやってみたのだけど、慣れて覚えるまでの負担は決して無視できないことが最近わかってきた。同じ非正規でも、毎月ルーティンワークが決まっていて決められた期日までに担当分を間に合わせればよかった前職とはちがう。とうぜん、業務外で下調べや勉強が要る。が、現職でしんどいのは基本的にチームワークで、一人で決めて実行するタイプの業務遂行があまりないこと。

 まだ業務のすべてを経験したわけではないが、あらためて見えてきたのが自分の得手不得手。自分にはデスクワークが向いていること。というより机上以外の場所で手や体を使うタスクが人並み外れて下手すぎること。それらに少なからずストレスを感じること。じゃあどうするのよと言われても、まずは自覚するのが大切なので記しておく。

 生計手段としての仕事における帰属意識も、自分にとってさほど重要ではない。前に職場のメンバーシップについて記事を書いたけど、
iwakibio.hatenablog.com

それを要求されない雇用形態の方が余計な気をつかわなくて済むかもしれないという思いは変わっていない。むろん、パワハラによる排除やシカトでなければだ。


 私生活の理想は?

 人間関係なら、同じクラスタの人々とつながること。この歳で自分の選好も適性も方向性もあるていどわかってきたなら、どう考えても無関係な人や不特定多数に向けて働きかけるのは非効率だと思う。学生時代、20代の頃なら見聞を広げるためにランダムなつきあいの拡充もアリだが、今はネットもあるし、物理的な距離にかかわらず同志を見つけ、関係を築いていけばよい。

 家事や用事のこなし方について。苦手なことは外注して、比較的得意なことで社会貢献すればよいのでは。外注するにもカネが必要だが、自分を快適にし、自分のQOLを向上させるために稼いでいるのだから、機会があれば遠慮なく他人に任せればよい。

ただ、人手不足のひずみは世間知らずなこの自分にさえ暮らしのあちこちに痛感できる。パート求人でシニア歓迎の文字。増えるセルフレジ。コンビニで働くのも、観光でお金を落とすのも外国人が目を惹くこと。人口減少のスピードを示した記事。隣近所の空き家。高齢で独居の方、私の親友を含む老々介護の人たち。

技術化、機械化、自動化による対応の先には、できればポスト労働社会(この語はSNSで拾っただけだが、本当にそういう社会が来るなら働くのが好きではない人には朗報ではないのか)の朝が待っていてほしい。


ここまで書いて、職場でのやりとりを思い出す。入職してからずっと、「技術はタダではない」ことを忘れた時はない。職場は学校じゃない。業務は趣味じゃない。棲む世界は違えど、私もある局面では決して世間知らずでは居られずにきた。でも、これまでとは全く異なる技術職の世界を間近に私は勤務が終わると悲壮感と寂しさに覆われた。仕事のことで思い悩めばその分執筆や研究から遠ざかる。どれもこれも中途半端で気晴らしの場所もなく、寒さと疲れとヒビ赤ギレの痛みでこの二ヶ月くらいかなり停滞した。

結局、どんな自分でもどこかで受け入れて進むしかないのだと思う。私は気負いで空回りするタイプなので、情緒的なことはひとまず置いて、仕事と自分の執筆・研究・文献集め・読み・まとめ、語学訓練の身近なタスクを一つずつこなしていくのです。

私の眺望点

祝福を。

四国内の他県では平野部でも積雪があるのに地元には(少なくとも私が住んでいる街中では)なかった。寒波のなか、ぶじマラソン大会を終えたようです。

つくづく街中は災害や厳しい気候とはかけ離れた地なのだなと思う。諸事情でチャリ通を続けている身としてはとてもありがたい風土である。が、私の置かれた状況はきわめて煮詰まりやすいことを自覚してしすぎることはない。もともと窮屈に感じていた土地で、家族と同居し、吐き出す場もろくになく、仕事もチームワークが中心で、自分の選択や決断で動く余地、自分の裁量でできることの範囲が驚くほど少ないからだ。

もちろん自分が幸運なことは自覚している。だが煮詰まったり気持ちが追い詰められたりした時、恵まれているがゆえに自分が抱いているしんどさやマイナスの感情を認めることができず、自分で自分を抑圧して小さな不満を重ねて気づけば頑なに周囲を拒否したままの硬直した態度をとることになりかねない。


家でも職場でもない場。ともすれば狭くなりがちな視界をズームアウトし、自分の境遇を相対化するにはそういう場所が必要なのだ。退勤後、自宅へ帰り着くまでに本屋やカフェへ立ち寄り一拍置く人の心境がよくわかる。


そう書きながら、家庭を運営している人は、子育てや介護をやりながら働いてる人はもっと大変なのだそもそも自分の時間などないのだ!という叫びが想像できる。しかしそうやってより困難な状況に基準をシフトさせていくとただQOLの引き下げだけが待ち受ける。

一瞬でも数分でも十数分でも!自分を遠くから省察して眺めたり、自ら段取りを立て決める時間をもとうではないか。人手不足と高齢社会と貧困の時代にあって、あらゆる技術は個々人が生きる時間の采配を自分仕様にするためにあると考える。

週末、久々に郊外へ出た。麦畑はまだ伸びていなかった。それでも畑には彩りが様々にある。

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なんとか年度末を乗り越え新たなフェーズへ行きたい。

人手不足時代の労働観

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祝福を。

やっと2月を迎え、陽射しや空の色が変化をとても楽しみにしている。通勤路に見える景色も少しずつ違ってくるはずだ。

仕事は何とか続けている。ぎこちなく、不十分ながら平日陽のある間は労働者をやっている。それは良いのだが、最近この労働観について思うこと様々あるので書いておこうと思う。

多くの人はなぜ、労働や労働者であることにやたらな価値や意義、承認欲求やプライドを付与したがるのだろう。賃労働に対する過剰な意味づけや期待など、失われた二十年の間に40代以下の世代には一掃されたと私は思っていたのだが…。

たしかに国内で貧困は進んでいる。金がないといくら自分の希望や意志や選好、適性が解っていても、選択肢がなくなる。転職でも進学でも移住でも、人生で次のステップへ移ろうと決めたところでその初期費用が賄えない。失業保険だって、前職でもらっていた賃金が低すぎたり、職業訓練期間との兼ね合いでアルバイトすら出来なかったりすると正直頼りにはならない。だから、働けるうちは切れ目なく働くという方途をとらざるを得ない。

しかし、社会参加の回路や社会性/社交性向上の機会が賃労働や雇用に限定されているかのように語る人々には違和感しかない。仕事を通じてスキルの向上を、は解るとして、人間的成長を、という考えに対して、私は意識して距離をとる生き方をしてきた。

人にはいろんなアスペクトがある。労働者であり消費者であり、地域住民であり、家庭人であり、親だったり子だったり、家族関係がなくてもその人にとってかけがえのないコミュニティがあればそのメンバーとしての顔もある。だいいちSNSは個人のアスペクトを増やす回路でもある。

そりゃ賃労働は尊いし、働くことは素晴らしいけれど、お金を媒介としない行為もある。家事、ボランティア、食物を育てることー「農業」まではいかない家庭菜園やキッチンガーデニングなどもー、人と集うこと、語り合うこと、歌い描き創り、思考や経験の所産を発信すること。

そういう行為を賃労働より低く見ることーお金が関係しないからと言って社会的評価を低くしたり、無償で特定の人々に押しつけたり、安く買い叩いたりするのは良くない。そんな価値観は20世紀に終わったはず。AIふくめ技術化が急激に発達していくならば、人間が担う労働は減るはずでだ。もちろんそれで仕事を追われる人々も出るだろう。しかしそれは、人間のやることがなくなることを意味しない。市場運営は、非市場領域によって支えられる。

これに関連して、技術が進展するのなら、一人の人が何でもできるようになる必要ってあるのだろうか?国内はすでに人口減少に陥り深刻な人手不足が蔓延するから何でも自前でできるようにしておくのが備え、なのだろうか。

私はそう思わない。どんなスキルも性質も所変われば何ぼのものだし、ある地域や業界、専攻で要求され好まれる態度やスキルが他の分野では全く評価されないなんてケースはいくらでもある。個人が多様な側面を備え、その個人の絶対数が減っていくのであれば、八方美人な態度は都合良く使われてポイされはしないか。

機械化や外注ができるならしたらよい。それに従事する人に雇用を与えることにもなる。導入当初の設備投資はかかるかもしれないが、普及すれば価格も安定するだろう。業者を頼む費用が賄えないケースもありそうだが、そのために一部は税金を使った公共サービスとして拡充がのぞまれる。

合理化。少ない労力による、できるだけ高いパフォーマンスの実現。少子高齢社会で増えるのは結局、体力、腕力の低い人なのでそういう人でも操作できること。要求されるのはこれらに加えて、分業だろう。

苦手なことを人の倍かかってできるようになったとして、歳を重ね、その頃には古びているか、人間がする必要はなくなっているかもしれない。

AIの発達を話題にする時に、人間のクリエイティヴィティが機械や動物から人間を区別する指標であるかのように言われる。創造性を、新しさとより高い価値を伴うアイディアやその所産を生み出す力と定義するなら、そこには当然労働以外の行為が多く含まれる。(もっとも創造性のなかでもオリジナリティは人間にしかできないわけでなく、じつはAIにも可能なのだが。)

そうなると、あんまり銭ゲバも困るなあと思う。

もしも何であれ存在することは善であれ!と望むなら、 その存在が生存を保つためにはじつに複雑で多様な資源と機能からなる束や網目で支えられる。個人のQOLは決して身近な特定の人(たとえば家族)だけでは負担できない。様々な役割のエージェントが存在するから可能なのです。

もしこの時代にマルチタスクを要求されたら、そのスキルはいったい誰得?誰のため?と問うてみるのも一考かもしれません。

裾野の広げ方

祝福を。
毎日早起きして段取りも確認し、さあこれでいけるだろうと思って臨む朝イチに、考えられないような勘違いやミスをすることが数日続いている。自己分析すると、要はチームワーク、身体を使う作業(といっても内勤なのでつまりは自分の机以外の場所でする作業だが)に不慣れで、ハッキリ言ってしまえば不向きなせいだろう。

作業内容を解っていても、そのために部屋の机をどう動かさねばならないか、どんな手順で何を運ぶ必要があるのか、まあそこへ思いが至らなかったということ。

これ、外業ならアウトだよなと自分でも思う。現場なんて大勢の人と声がけしあいながら共同で作業しなくてはならないのだから。議論や執筆が云々の世界ではない。机上の世界とは違う。

気をつけてはいるが、何よりそういうのが苦手で不向きなことは重々承知でいるから、本当に選べるならそういうことをしなくてもすむ仕事を選ばなければならなかったのだけど、それが諸々うまくいかなかったからこうなったのであって、経緯はこのブログに書いてきたとおり。

もちろん入職した以上はそれは禁句である。だからここへ書き連ねていることは現実の関係者にはとても言えたものではないが、冷静に自己分析するならそういうことだ。

お金がないことはとことん選択肢を削るなあ、と何かあるたびに痛感する。住む場所も、仕事も、一緒に暮らしたり過ごしたりする相手も、経済力がないと選べない。

段取りを確認して、わからなければ聞いて、作業の前に何をどこへどう配置するか理解して、スムーズに行動に移す、報告や質問は解るように発することー、と書いててうんざりする。当たり前すぎることではあるからだ。が、自分の適性くらい好い加減判る齢になって、解っていながらそれをふまえた選択ができず、やっぱり得手不得手は変わらない。

やりきれないのは、自分の得手不得手を活かして生計を立てることはあらためて遠いこと。かつ、書くのもはばかられるがせっかく書く場があるのだから吐き出しと整理を兼ねて書いてしまうと、
もともと苦手なことをこの歳で今さら練習してできるようになっても水準はやっと人並みかそれ以下だろうから、同じ負担をかけるならもう少し得意なことで稼ぐほうへ傾注したほうがコスパが良いのでは、という思い。人生なんていつ終わるかわからないのだから、災害も経済暴落も国家破綻の危機も想像だにしない地元の人たちと、あすもあさっても当たり前に命がある前提で合わせて生活していたら、死ぬ間際に後悔してもしきれないだろう。

…とまあ、書いてて酷いなあと思うけれど、やはりしばらくはここで働くつもりでいる。金銭的な問題はあと少しで解決できる。でもその後、虚脱感に囚われないように配慮しなければと思う。何しろ問題の渦中にいるときは無我夢中で格闘し、それさえ切り抜けたら光が射すとばかりに一心に進むことができたけれども、いざそれが解決して「ふつうの状態」になってみれば、マイナスがゼロに戻っただけで人より足りないもの持たざるものに目が行き失望する可能性もあるからだ。

まあそれも無事解決したらの話であって、いまだ到来しないことでぐずぐず思い悩むのはやめよう。

ただ嘆かわしいのは、一般的に本来この歳なら雇用形態はどうあれ働きざかりで仕事に傾注し、自前の家庭の有無にかかわらず安定した居場所があり、公私ふくめてつきあう人たちは決まっていて、自分特有のポジションが築けているはずなのに、自らハンドリングできる領域の少なさに唖然とすること。

それらを実現するために移住と転職を試みたはずなのだが…前者は実現しなかった。


ー何も自分の専門でなくていい、仕事でもプライベートでも何かのきっかけでかかわりを持った人々に気軽に話しかけてみるとよい、思いもよらないところから道が拓けることもあるのだから!

という内容の、若い人からの助言が脳裏に蘇る。この地じゃ誰も知らないのは当然だが、それも9年前から試し、どうにか浮上して今に至るのです。

移住と転職活動で間口を広くとれば迷走し、あたかも目的や方向性が曖昧な(たしかに着地点は曖昧すぎた。があれ以上どうすればよかったのだ。現状維持しなかったことが気に入らない者の因縁にかまう余裕はない)者と思われ、射程を絞ってネットワーク作りに励もうとすれば頑なで枠の狭い人間と思われ…。
もうどうしたら他人の意向に適うのか、いや何で生き方を他人の枠に合わす必要があるのか、ちょうどブログ始めて一年を迎えた今、あらためて忸怩たる思いがわきかえる。

それでも労働者でいられるのは支えてくれる人々のおかげであって、それには毎日感謝してある。ただ、これまでとあまりに違う世界に足を踏み入れたことに今さらながら背筋の凍る思いはする。そのせいで時折遠くを眺めては選ばなかった道に思いを巡らせる。北方の暮らしを思い出す。それが逃避でしかなくても、そうでもしないと煮詰まるか崩れ落ちてしまいそうだからだ。当事者でありながら、自分の置かれた状況さえどこか他人事のように見ている節が私にあるとすればそんな背景からだろうか。

人生の時間比率を自分仕様にすること!自分なりの方法でサヴァイヴすること。親和性の高い仲間を集めること。ハズレを引きたくない思いもある。ムダを避けたい気持ちもある。年齢を意識すればなおさら。それがいけないこととは思わない。

闇雲にランダムにという方法の忌避、もうそれを楽しむ余力はあるとは言い難い。そんなのはどちらかといえば、安穏で明日明後日も当然命のある土地にべったり溶け込んで生きる意向を持ったうえでないと難しいのではないか。

長々と連ねてしまったが、明日はこちらも雪の可能性があるのでゆっくり寝て、疲れを溜めないように養生していきます。真冬の夜にぐじぐじ悩むとロクなことが無いので。お休みなさい。

わが手でその暮らしを

職場は朝が早い。始業時刻は前職と同じなのだが、皆現場を経験している人なので、その仕様に合わせてか慣習か、7時頃には必ず誰かがいる。チームの上司も例外でなく、私が着く頃にはもう一服してくつろいでいるか、机上の仕事を始めている。

外勤となれば早起きは必須だろう。今は五時半頃起きて一通り身の回りのことをゆっくり目にやって出勤しているのだが、これがもし一人暮らしだったらもっと早く出勤できると思っている。

というのは、自分の都合で家事を先送りできるから。何でも自分でやらなきゃいけない代わりに(その前にアウトソーシングするという手もある。もちろんカネがあれば。これすらしたくても家族の許可がおりなくて嫌々自分の手でしている人は多いだろう)全てを自分のタイミングでできる。洗濯機を回してから洗顔、湯沸し炊事、の順を日ごとに入れ替えても良いし、その日の天気や優先順位でタスクの順番もやり方も変えられる。

私の朝は寝床を剥いで体操から始まる。寝起きに身体を動かして血行を良くしておかないと終日体が重かったりだるかったり動かしにくかったりする。(尤も今は体操していても午後はしんどい。疲れがとれてないのだろう。)リンパ節と首の両側をほぐし、耳たぶも首も回してやっと人心地ついたら着替え。

ハロゲンヒーターを点けたまま、時間があれば語学の勉強や読書の続きをやる。が週後半にはそんな余裕もない。そのあと窓を少し開けて真っ暗な外を見てすぐ閉め、敷布団を片づけて階下へ降り、洗顔歯磨き化粧トイレ、弁当包んで朝食、と一連の支度が続くのだけど、それがスムーズに行くとは限らない。

風呂場の排水溝に溜まった髪の毛を毎朝とる。洗面所には家族がしまい忘れた歯磨きやシャワーキャップ。洗濯機に汚れ物を突っ込んで回す間、自分の洗顔など。歯ブラシ立てはなぜか洗面所の鏡が付いた扉の中に(つまりキャビネット仕様の棚の中に)あり、〈開けて取って閉める〉、〈開けてブラシを立ててコップ置いて閉じる〉が手間である。

で、台所へ行くと今度は流しを片づけなければならない。台上には乾かすためか、洗った鍋やボウルが出しっ放し、食器カゴの中は洗った食器がギッチリの時もあり、湯を沸かしながら片付ける。テーブルには昨夜の夕飯・晩酌の跡ー落花生や空豆の殻、蜜柑の皮、鶏の骨、食べかけの煎餅やおかきや豆菓子の残りが載った皿、ーがある。決していつもではないが、くずの散ったテーブルを拭き、そんな残骸と、流しの排水溝のゴミをゴミ袋にまとめる。

なんで夜片づけないの?と思われるかもしれないが、家族の食事時間がバラバラだからです。母が仕事から帰宅するのは22時半〜23時で、そこからTV見つつ食べ、呑む。そういう状況でその後完璧な片づけなど求めるのは無理で、その時間には風呂を終えて寝る準備をしなくては睡眠がとれない。で、朝に持ち越すのだけど、どうしても急ぐ時は上記をほったらかす。

湯を沸かしながら水を足したカップに白湯を注ぎ飲む。沸いたらインスタント珈琲を作るべく水筒に粉を注いで混ぜようとするも、マドラーが行方不明な時がある。家族も何やかやで使うからだろうが、箸やスプーンを入れる引き出しはモノが多くてギチギチ、中食買って着いてくるプラのスプーンやフォークなど捨てればよいのに取っておいてここへ入れるから洗練されたとは言い難いラインナップの引き出しになってしまう。勝手に捨てたら怒るだろうし、自分に処分の権限があるのは狭義の自分のモノだけだ。

別に混ぜるのはスプーンでも箸でも構わないのだが、自分が決めたモノの配置が変わる、自分が大切だと思っているモノを蔑ろに扱われる、そういう不満の蓄積は十分ストレスになる。

寒い部屋。機密性のない室内。部屋の造りは北海道や北東北でないかぎりどこも同様なのだろうが、せめて暖房をフルにして部屋全体を暖める発想がどうして持てないのだろう。

広い台所はモノを取るのにあちこち移動して扉を開けねばならず、一回の動作で何かが完了することはない。整えた食事をテーブルまで運ぶのが造作なので流しに立って食べる。ティッシュもすぐそばにあり、終わったらそのまま流しに浸けて出られるのでよい。…しかし、いつまでこういう生活が続くのだろうか。

仕事は基本的にチームワークで、自分の担当分を締切までにやる、というスタイルとは少し違う。複数タスクがあったら、何をどの順番でどうやるか、決めるのはけっして自分ではない。仕事というのはどこもおそらくそうだろうしお前は恵まれているなあと言われればそうですねえとしか返せないのだが、今の暮らしに自分の人生を生きている実感はない。

家族も勤務もしがらみも関係ない時間帯が早朝か深夜だが、寝る時間を削ることはできない。自分で決めて、自分で動く、自分のタイミングで身の回りのことをする、それだけのことが今は自由ではない。それを何とかしたくて一昨年からジタバタしてきたのだが…

自分の手で、自分の意志で!そういう時間の使い方を取り戻すために、稼いだり気晴らししたり、未知の世界へ踏み込んだりしながら格闘する日々がまだ続きそうです。