いわきび、森の明るみへ

四国の片隅から働き方や住まい方を変えたく奮闘中。人生の時間比率は自分仕様に!

私というフォルム


この半年間、自分の身につける物を選ぶときにサイズを頻繁に間違えている。職業訓練で購入したテキスト用の鞄、転職先の制服のサイズ、通勤中に羽織ろうと売れ残り値引きで買ったSサイズのフードなしパーカー、ペンケース、1.5cm程度大きいばかりに引出しへの収まりが悪い道具箱。

実質わずか数センチの差にすぎないのだが、いざ着用したりモノを入れたりすると明らかに合わない。無視して使い続けることはとてもできないので、手放して別の物に取り換える。

この半年に起きた職と社会的立場の大きな変化は生活様式の変化であり、勤務先や扱うモノの変化は移動の動線やハビトゥスを変える。とうぜん、それを助ける道具や服装も変わってくる。それらがきちんと選べない&入手できないということは、どんな物が今の自分に相応しいか、今自分がどういう立場なのかという認識をとらえ損ねていたことを意味する。

早い話がトレンチコートとフード付きパーカーでは合わせる服装も相応しい身のこなしもちがう。要するに最近になってようやく自分に起きた形式ーstyleとformの変化を具象レベルで実感しているところなのだ。

最近、仕事では図面を描くことが続いている。研究対象となる物を観察し、その結果を精緻に方眼紙に図化していく作業である。かなり目が疲れ、神経を使い集中力が要る。まずモノを正確に据えて、次に外形となる点を落とし、一周したらモノを見ながらその点をつないで線を描いてゆく。そうやって出来た外形線、モノの輪郭が全ての基本となる。

描いた図面は上司がチェックする。この人は長い間それに従事してきた熟練者だ。これ以外にも色んな仕事を経験していて有能な人なのだが、何より目をみはるのはその卓越した管理能力である。ご自身でも「段取り魔」なのだと言う。
—段取りを決めて早めにこなしておけば、なにか起きてもすぐ対応できるでしょう?というのがご本人の言い分なのだが、その緻密な計算と計画は仕事のみならずかの人の生活隅々に息づいてみえる。

 段取りはフォルムをつくる。

個人がなす行為、仕事、生活様式や人生の軌跡においてstyleやformを考えるとき、上記の点に相当するものに段取りは含まれる。ここに、熟慮されたplan(計画、設計)、design(構想、設計)といった個人が意図して内面に抱くイメージを現実生活の中で具体的な形にしていく思考形態が浮かび上がる。

 もちろん予期せぬ出来事ーアクシデント、トラブル、予想だにしなかった幸運、人やモノとの出会い、偶然性のすべてーもまた、その人に固有のフォルムを形づくる。だがおそらくこの人が心の奥で望んでいるのは、かれ自身にしか生み出せない無二の形、ありていに言えば独創的な人生をつくることなのだろう。
 
 図面といえばイベント会場のレイアウトなんかも自ら考案し作図し、かつその配置はすべて頭に叩きこんである、だから何があっても対応できるのだー、そういう内容のことを仰るのも聞いた。だいたい今携わっている事業じたい、たとえばここ数ヶ月の作業を工程全体を見ながら割く時間や労力を加減するように、自身のworkなり業界の今後なりの全体を見据えてその位置づけをつかんでいる。

 それらはむき出しの野心とワンセットであり、私はそこに過ぎ去った近代精神の典型とともに新プラトン主義の残影さえ見る思いでいた。
 
 しかし深く考えを巡らせてみると、きっとその手こそは、観察結果の図化、イメージやコンセプトの具象化、思い描く構想を思い描いたとおりに実行に移すことの難しさを誰よりも知っているはずなのだ。たとえ内々でも対外業務でも事をスムーズに進めるために根回し、念押し含めてそのつど動き、調整をはかってきたのだろう。「図」をより明瞭にこの上なく輝きを放つものとして浮かび上がらせるための「地ならし」への傾注は、どんなworkにも欠かせない。


ひるがえって私はどうか。

図面に必要な形はよほど集中して観察しないとまだつかめない。

私生活では実家住まいで、自分の段取りはいつ脅かされるかわからない。家の中に自分の動線などないに等しく、とくに台所は家族の気まぐれによって自分の意志や意図でなす動きは必ずと言ってよいほど寸断される。自室も時期によってはPCや机を使いに家族が入るため、一部の文献はカバーをして背表紙を奥に置いている。

地元は交通が不便で文化的流通も良いと言えず、望むものにアクセスするには都会の五倍くらい時間がかかる。自分のモビリティ改善には車の運転がどうやら不可欠らしいが、両親それぞれが所有する車は介護の都合で週末はふさがっている。

そもそも身の振りが行き詰った九年近く前を想起しても、もし当時有益な知識や情報を得られたとしても自分の根源的な望みや意志はとても通らなかっただろうなと思う。他人の胸三寸や時の政治や制度の都合で前途が断たれることも人生にはあるのだと思うしかなかった。

それゆえあの頃から私が実践してきたのは、いわば出来事や対象との対話によってつくられる軌道を人生のフォルムとする方法だった。手近な目の前のことに集中してそこから得られる反応や手応えを受けて次やるべき事を浮彫りにして、それらによって形成される作業の流れや動線に自らを重ね軌道に乗せる。

たとえば粘土や肉だねをこねる、球を投げるのと同じで、一連の動作にも自分の身体を通して返ってくる対象の反応をみて次の一手を決めるというプロセスの連続によって形はできてくる。つる植物が、環境との相互作用の中で成長の過程をそのまま独自の草姿として無二のフォルムを所産としてつくりだすように。

そうして同世代が踏む既定路線から外れた就活や軌道修正に励んで数年を過ごした。当時はまだそれを愉しむ余裕もあったのだが。

 わたしの輪郭、わたしのフォルム。
 わたしそのものとしての形。

 半年間それらをつかみあぐねていた。
 

 内面形相をモデルとした人生設計も、自らを素材として差し出したり、他者や世界の感受やケアにまわる生き方もしっくりこない。物質に先立って個人が内面に抱き描く形でもなく、物質から現れる形を物にひざまずき受動的に汲み取る方向でもなく。

〈能動態-受動態〉の図式に収まらない「中動態」という概念がヒントの一つとして思い浮かぶ

 それ以上に自分が惹かれるのは、所与としての既存の世界に埋め込まれた、新しく価値や意味のある何か—作品のこともある—を見いだすこと、(再)発見することによる創造性である。たとえば日常世界に埋没しているある物やその配置が、ある時ある個人の身体を通して知覚されることで無二の光景(シーン)として形を結ぶことがある。その眼や皮膚を通してそれは埋没から明るみに引き上げられ、一枚のタブローのように光を放つだろう。詩や映画の制作にあって、素材というより作品それじたいが、世界の隅々に埋まっていると考えられる。また経験や学習の蓄積は、出来事や対象を迎え撃つ側の感性や知覚、発見の能力を鋭く研ぎ澄ます。世界の「意識化」によって世界との対話をひらき、〈世界と共に在る〉あり方が可能となる(P.フレイレ)ように、個人がモノや出来事との相互作用や応答によって世界への信頼を紡ぎなおす過程の創造性を見たい。
その一べつ、気づき、ある一つの光景として知覚・感受されるその一瞬が創造であり、作品たりうることを、私は何らかの形で示していくでしょう。

メンバーシップについて

先日、ひょんなことから前職の「その後」を知った。毎年この月に県外移動を伴う大規模な人事異動があるのだが、今年は始まって以来という位の大異動らしい。管理職クラスの県外異動、退職もある。内部異動、非正規メンバーの異動も含めればかなり大がかりな変化である。何だか、感慨深い気持ちが押し寄せる。
異動は10月1日付のはずだから、県外へ出たメンバーは二週間にも満たない期間で引継ぎ、業務完了、引越し、挨拶を行う怒涛の日々を過ごしただろう。同じ業界とはいえ違う土地、違う部署へ行けばこれまでと全然違うメンバーと仕事が待っており、慣れるまでは大変だろうなと思う。むろん県外より単身赴任のかたちでここに数年を過ごした人は、問題山積みの現場を離れ、愛する家族の待つ馴染みの地へ大手振って帰れるのだから嬉しいにちがいない。

さてこのように、どんなに煮詰まった現場でも異動があればそれまでの諸々を強制リセットさせられる。管理職クラスまで変わるとなると、それまでとは異なった仕事のやり方を余儀なくされるかもしれない。それでも新たなメンバーで、嫌々ながらも新たな関係を作っていくしかない。それはお互いとても大きな負荷を伴うことだけど、正規雇用でその会社の「メンバー」として認知されているだけまだマシと言えるかもしれない。

前職だけでなく、今やどこの職場もそうなのだろうが、非正規雇用労働者の働きなしに仕事を回している事業所があったら手を挙げてもらいたい。おそらくそんな職場はないはずだ。その身分は、直雇用か否か、また直雇用でも業界によって様々な職階に分かれ、期間も待遇も色々だ。戦後強固だった日本型企業社会の伝統の影響で、この国には同一価値労働同一賃金の原則も、企業横断的な労働組合も定着していない。同じような仕事をして同じような責任を課されていても、正規-非正規の処遇格差は厳として埋めがたい。

とはいえ、この十年近くでは雇用や身分の流動性をプラスにとって逃げ足の速さ、割り切り方など独自のサヴァイヴァル・スキルを磨く非正規労働者もいる。有能で要領の良い人なら、大都会ではたしかにそういうことが可能だし、頼もしいなと思う。仕事はしょせん生存資源確保の手段であり、ライフワークとはキッパリ分ける!という生き方も十分価値ある生の技法である。

にもかかわらず、メンバーシップについて私が思い巡らせるのは、仕事よりも「学校」で異分野、他専攻、他大学から来た者、さらには非正規身分の学生に対して理不尽な扱いをそこそこ見てきたからだ。

最初から問題含みの国策だった大学院重点化の時期と重なったせいもあろう。本当にそれが生涯身を捧げる仕事かどうか熟慮不十分なまま進学した私の不徳もあるだろう。それでも教育の場では、まあ大学院は研究の場ではあるけれど、学校という空間の中ではただ「教え-学ぶ」というとてもシンプルな行為をベースに日々の生活が淡々と進行していく。
教育はたしかに未来のヴィジョンや希望がなければ機能不全に陥るが(教育困難校が抱える問題のベースはこれである)、教育は「今日行く」(たしかジャパンマシニスト刊『おそい・はやい・ひくい・たかい』なる雑誌の創刊・編集者、岡崎勝氏の言葉)こと、ギリシャ語で自由時間を意味するスコレーとしての〈いま・ここ〉を安心して生きることが出発点であり、また到達点もそこに尽きるだろう。

そういう場で、正統な身分かどうか、お金を払う側かもらう側かは、決して本質的なことではない。畑ちがいであること、現役または専業の学生でないこと、偏差値の低い学校から進学してきたこと等自体を申し訳なく思わせる雰囲気の学校というのはまだたしかに存在している。だが、学問でも仕事でも業界が裾野の拡充を望むなら、メンバーシップの射程を見直すことは必然だと思う。

かくいう自分も異業種で転職して、畑違いであることに当初ものすごい引け目を感じていた。いまも少しそれはあるのだが、おそらくは自分のアイデンティティ確認の意味あいもあったのでしょう。「私はあなた方とは異なるジャンルに居た/居るけれど、それは私にとって大事な自分の一部でもあるのです」と。

しかし職場の人は制服を指して、これを着ていればどんな職階でもここのメンバーなのだと言ってくれる。圧しに圧した業務の工程はいま新たな局面に入り、出来高からみると私は給料もらっていいのかと思う日さえあるが、私は、どんなに試されても今のチームについていくと決めたので、今日はここで筆を置き、感慨から抜け出すことにいたしましょう。

故郷離れて~創作の彼方へ

 世の夫君あるいは女性を恋人にもつ男性たちは、女が道を究めようとすることをどのように考えているだろうか。
 たとえば芸術やスポーツや特別な技能を要する仕事の技芸を、一人の女性が趣味道楽の域を超えて習得し貫こうとするとき、身近な男性はどんな態度をとるだろう。きっかけは些細なことかもしれない。それこそちょっとしたお稽古事やカルチャースクールでの実践を機に、本格的にやってみたい、遊びではなく本気で、それが社会的地位や収入と結びつくかは不明だが、それらを差し置いても「趣味を超えて」やりたい。彼女のそういう姿勢を見て、夫や恋人、父親、先輩、あるいは上司や師である男性が示す反応とは。

 すなおに応援するだろうか、というよりまずそのことを喜ぶだろうか。その道が険しければ彼女の身を案ずるあまり難色を示すかもしれないし、それゆえに反対するだろう。もし自らが先導役となれば、彼女の技能が一定水準に達するまでは心を鬼にしてかなり厳しい態度をとる必要がある。メンタル・フィジカルあれこれの課題や負荷を課し、とうぜんネガティブなことを言い、時に彼女が涙する姿を目の当たりにするだろう。教える側に、教わる側の何倍もの忍耐力と厳しさがなければ続かないのであり、そんな関係は決して気安く引き受けられないほど苦いはずだ。

 次に、鼻で笑ってまともにとりあわない反応が予測できる。これは何より彼女に自分より劣位であってほしい、その成長も向上も望まない者がとる態度である。世間は厳しい、道は難しい、素人にはしょせん無理だ、それより手近なスーパーで売っているあの商品(服や食べ物など)を消費しよう、テレビのあの番組でも見て快を得よう、われわれが幸福になるにはそうした満足で十分なのだ—。そういう態度はここで詳述しなくとも巷にありふれた一般的な光景であろう。

 また嘲笑を通り越して非難と攻撃に転ずるかもしれない。彼は彼女の姿勢に高尚な何か、高慢ちきに映る何かを感じ取り嫉妬に駆られ、自らの劣等感に「世間の常識」や俗物趣味を重ね合わせ、それらを怒りとして表出するだろう。彼女を自らの低俗な次元に引きずりおろそうと躍起になる姿が目にうかぶ

 この手の葛藤はたとえば田辺聖子『花衣ぬぐやまつわる...-わが愛の杉田久女』(集英社文庫)などによく描かれている。
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 いずれにせよ、多くの場合女は「囲いの花」でしかない。家庭や男の腕に囲われ、そこで生活の糧を得ることを構造化され、本当は彼女自身の素地に豊かな源泉も伸びしろもあるにもかかわらず、自身がそれに目覚めて自ら伸びようとしても囲いはその枠を超えて芽や枝を伸ばすことを許さず、つぼみは囲いの中でしか開花することを望まれない。新川和江による「わたしを束ねないで」を思わず想起してしまう。



鳥になる 谷村新司作詞・作曲 Fly Like a Bird


上記の演奏も、ブルジョワの一部がカルチャーセンターで紡ぎだす所産だと考える人がいるかもしれない。しかし私はこの鳥たちの花模様や切り抜かれた曲線に見入りつつ、思うところ多々があるのです。

 歌詞中の人はちょうど故郷を思い浮かべている。自分が馴染んだ世界、そこには当人が嫌いはねつけもしたであろう俗臭にみちたものをふくめ、慣れ親しんだ安住の地としてちょうど「わが家にある」かのような居心地のよさを味わえる世界があっただろう。ハイデガーは『芸術作品の根源』で「安心できるもの(geheuer)」と「安心できないもの(nicht geheuer)」ないし「途方もないもの/不気味なもの(un-geheuer)」という対概念によって、後者の衝撃が芸術作品に深い関わりをもつことを示した。

 夕闇が追ってくる。郷愁が彼女を覆い隠そうとする、世間への埋没を迫るあれこれが生活のあらゆる局面で立ち現れる。芸術制作ならそのときに「故郷」を断ち切れるかどうかが分岐点となる。


(ちなにみジブリの映画「耳をすませば」でも少女と文学創作を主題に「カントリーロード」の訳詩が歌われる。)

 もう一つ、触れておきたい点がある。自然から芸術へ。それはふつう自然から文明へ至る図式とされている。彼女は自然に親しみあたかも自然との調和や一体化を望んでいるかにみえる。しかし彼女は自然に埋没するのでなく、自己と世界を意識化し、世界と共に存るあり方(P.フレイレ)でもって、故郷を離れた新たな眼で自然が「生きている」ことを感じとる。そして自身が対象化した自然を抱きつつそれを超えて芸術創造の彼方へと飛翔する。

 伴侶の役目はその段階へ彼女を引き上げることであり、飛び立つ彼女を後押しすることではないだろうか。彼自身に痛みも伴うだろう。なぜならその愛は手離すこと(永久にではなく一時であれ)というかたちをとるからである。けれども進んで別離に耐えない愛は真実ではない。

 新たな眼をもち飛び立った彼女が再び故郷を見るとき、そこに映る伴侶の姿こそ真の安らぎを与えうるのかもしれません。

(女が道を究めるという主題を扱った作品には漫画なら『エースをねらえ!』『のだめカンタービレ』などがある。しかしそれら技芸の完成はあくまで男性の介在と導きによって成就される。そうでない道の究め方については別稿で記すことにする。)

時間を分け合うこと

転職して数ヶ月たつ。毎日新たな学びの連続で、作業内容もそのやり方も、前職とは全く異なる世界ながら、少しずつ自分と周りのことをズームアウトして見られる段階へきた、いわきびです。

数日前から仕事では新たな技術習得の訓練が始まった。それは机上で根を詰める作業で、この異業種ならではというか、恥ずかしながらそんな作業が存在すること自体、転職して初めて知った。で、やってみるともう自分の不器用さと、考えすぎてドツボにハマり前進できなくなる性格とをまざまざと突きつけられ、手と目と精神の働きを合致させるなんて相当な鍛錬の延長上にあるー、とこれまた言葉ではたやすく意味づけるいわきびである。


8月は慌ただしかった。外せない対外業務が多かったためでもある。ルーティンワークはしばし流れ、中断し、そちらを優先となった。そんな中、外向きの業務の準備・実施の過程で事業所のこと、関係者のさまざま、長く居る管理職や先輩たちや上司の来し方、事情を知ることとなった。

まあいわきびもいい歳だし、初めて働くわけでもないので世の中の綺麗事ではいかない部分も少しは知っている。が、いま身を置く世界があまりに自分の来し方と遠く、また不慣れなタスクも手伝って元来の不器用さはとりわけ際立って見えたのでしょう、たとえば上司などはその点をとくに心配してくれているようです。

夏休み終盤の、市民が憩う場はよく晴れて賑わっていた。私たちはかなり余裕をもって目的地に着き、準備を始め、業務はぶじ終えることができた。(あとから考えると私自身は無駄な振る舞いや戸惑いもあり、物の配置に関しては反省点もある。)そうして良い時間を残せたなあと清々しい気分で帰路についたはずなのに、上司は一人、内心憤りを抱えていたらしい。

この人はじつに色んな表情を持っていて、それまで就いた仕事が大きく影響しているのだろうが、荒っぽい業界も知っていて、それも手伝ってか時おり面も上げられないほど怖い時がある。で、いったい私は何をしたのだろう、ケアレスミスならこれまで何度も許してもらってきたが、と思いつつ聞いてみると、それは時間管理のことだった。

別に、その日の仕事でとくに誰が何を、というのでなく、私が入職するずっと以前からある、事業所全体の傾向に数えられる「惰性」の指摘である。要するに、時間に対する意識が甘くなるとそれらはお金の管理に少なからず反映される、自分はそれに危うさしか感じないー、そんな内容だった。

私は自分の来し方と今を振り返る。このブログの紹介には「人生の時間比率は自分仕様に!」とある。昨年、わが家は介護問題で大きく揺れた。当時の勤め先はダメな人員配置と人手・インフラ不足のせいで窮した業務をけっきょく担当外の者にまで残業を呼びかけて回し、他にもおかしな業務配分のせいで同世代に病休者を出した。そのはるか前、帰郷するまで所属していた学びの場も、本当はとうに進みたい道でないことに気づき転身をはかったがうまくいかず、奨学金と一部仕送り(親の労働の対価)で繋いで、その借金をいま返している。その専攻も、実務に置き換えると大半がケアワークである。

人が、自分以外の他者のために一方的な献身や犠牲を支払うことの痛みと損失はわきまえているつもりだ。しかし、介護も育児も教育も、ひとえに自分を振り捨てて相手の中へ身を投げ出し、たとえ不可解で矛盾した言動をとろうと相手を受け入れることを起点として、相手の目線に合わせ、その人のために自らの時間をー命を、労力をー割く行為という側面が大なり小なりある。そして、労働以外のあらゆる局面で人手不足が顕著になりつつある昨今、残念ながら個人が自分の時間を犠牲にすることで、この社会の善意がどうにか保たれている状況である。

他人の時間を奪うことのコストをどれだけの人間が自覚しているだろう。超勤前提の勤務や業務工程、要求水準だけが上がった家事や育児介護のケアワークを未払い労働として女性に押しつけること。それらに否を突きつけるなら、やはりどこかで戦略を立てて時間泥棒から自分を救わねばならない。抽象的な表現になるが、そのために必要なのは個人の自立であり、それを可能にする制度やインフラの実現である。ひとは、自己をかけがえのない大切な存在と思うなら他者も同様であり、他者の生存・存在の肯定から全てが始まるならたとえどんな状況だろうと一人の尊厳ある生が維持できるよう、条件を整えなくてはならない。社会保障はそれゆえ属性を問わず個人単位でなされるべきだ。

独学の難しさと不利益を知ったのは学校を出てからだった。何をするにも自腹で、自在にアクセスできる資源は限られている。それでもネットのおかげで情報を拾えることは時代の利点だろう。だが畑違いが本当に独力でとはならず、SNSや現実のコミュニティであれこれ質問して学び、これも、他人の時間を奪うことになるのだろうか?と気兼ねが先立つことも多かった。

しかし、何かと接点を持ったなら、そこには豊かな時間の共有もあるに違いない。一方的に奪い、与えるだけの交通でなく、双方向的な交通を。呼びかけ、応えるプロセスの拡張上に形成される新たな意味を。未知なる他者との相互作用から発見される自己の一面もある。ひとたび時間を意識化し、耳をすませるならば、自ら意図してそのようにしていくことが、十分可能だと思うのです。

異業種の風景

祝福を。

かなり久しぶりの更新になりました。私はどうにか暮らしております。思うところありながらも、年度初めよりは楽しく暮らせているでしょう。

転職して一ヶ月と少しが経とうとしている。
通勤圏は変わり、目に映る風景も、やっている仕事も扱うモノも、毎日会う人々も大きく変わった。制服ありの仕事も初めてだが、着てみると思いのほか軽くて動きやすくて、ちょっと大きいけど、今さら28℃の室内にスーツ着て仕事なんてしんどいなと思う。もっともそれは今の作業を冷房の室内でやっているからで、屋外での工程となると想像するだけで背筋が冷たくなる。熱中症には要注意で、
それをやる頃には完全にオフィスワーカーではなくなる。

さて、この職場には月イチ早朝出勤のお当番とか、飲み会など行事前の早上がりとか、変わった慣行がいくつかある。これらは意識の旧弊さというより、たんにオフィスとしている建物がおそろしく古いことに起因している。街中でないだけあって、化粧室や机にはたまに大きな虫が張り付いている。耐震施工など入ってるとは思えないが、その割には繊細で取り扱いに注意を要するモノを保管しているので、もしもの時はどうするのだろうと首をかしげてしまう。

チームを組んで働くのも初めてだ。いや厳密にはいつの職場も同じ業務を複数人数で担当していたし、そこには管理職も責任をとる正社員もいた。が、一つの事業を決まったメンバーで工程ごとにこなしていくやり方は今回が最初である。

その担当者かつ責任者である直属の上司に、私はついて仕事を教わっている。仕事の計画も全体像も、何でもよく話してくれて、教えることは格別に上手く、また人に教えることが苦にならない人のようで、これにはとても救われた。前にも書いたが、就職氷河期世代、また私の同世代でも非正規でキャリアをスタートした者の殆どは職場で部品のように扱われ、まともに体系立って仕事を教わる機会など与えられなかっただろうから。というか何より、この歳で新人として丁寧に仕事を教えてもらえること自体が滅多にない機会なことだと解っている。

この恵まれた求人の条件は、私にとってこの上なく有難かったものの、実は最大の謎でもあった。が、ひと月を経てその辺りの事業所側の事情も少しずつ解ってきた。色々あって、上司は相当に悔しい思いをしたのだろうが、結局はその案件を呑んで、受け入れを引き受けた。

一緒に作業しながら上司は扱う対象のレクチャーだけでなく、自分のこれまでのことを話してくれる。この事業所に来る前にいた会社。人間が使い捨てにされること。それは私も散々見聞きしてきたが、技術職の業界は私には未知の世界だ。

今の仕事を通して業界の仲間の救いに繋げたい、と言うその眼は険しく野心に満ち、歪んで、烈しい屈辱に裏打ちされている。その憎悪と怒りが決して自分に向けられたものでないと解っていても、はっきり言って怖い、離れたい、とその時ばかりは思った。

とはいえふだんはルーティンワークに集中している。その人が研究対象を手にとる時、そしてチームメンバーの作業が正確だった時、「素晴らしい!」と言って下さる。その眼は誰よりも嬉々として愛情に満ち、私たちは暖かな空気に包まれる。

それ自体のために。

その時の雰囲気に最も合致するのはこの言葉だ。仕事だから利害も駆け引きもあるのだろう。だが一切の外在的目的を外してなお純粋に何か対象に接近することがある。どんな仕事も研究も創作も、そうしたアプローチに支えられて成し遂げられるのだろう。

とまれ、そういう所作を見るとき、私は憂いを差し置いてここへ入職できてよかったと思うのです。

断片から世界を知る

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今日はなかなかに忙しい日だった。晴れた日はチャリ通も取り入れようと朝、自転車を転がしたものの、なぜか前輪がパンク。慎重に運転してなんとか職場まで辿りつけたものの、大汗をかいてしまった。


仕事は毎日新たな揺さぶりをかけられる。とはいえ業務じたいは非常に単調で、最終〆に圧されはするものの、今月一杯はこれが続くらしい。上司はそのプロジェクトの管理を人材配分含めて全部担当しており、事業の全体像と段取り、工程、なぜそれが必要か、直近の細かい作業分担や優先順位をそのつど説明してくれる。

これは非常にありがたいことで、かつ私のような境遇ではそうそう与えられる機会ではない、と自分に言い聞かせることがある。私より数歳上の就職氷河期世代の人は、非正規雇用しか就けず、派遣法も転職市場も今ほど整っておらず、それこそ欠け穴に部品でも放り込むように投入され、段階を踏んだスキル習得や年齢に見合ったポストや社会人経験を得る機会がないままで来た例もあるだろう。「置かれた場所で咲きなさい」という言葉は、そこがブラック企業なら従ってはいけないが、ここへきてようやく耳を傾けてみようかという気になった。

退勤後、近くの自転車屋へ。実はこの通勤路はかつて高校生だった時に使っていて、自転車が不具合を起こすたびにこのお店に世話になっていた。電車でも自転車でも、通勤路には母校の後輩が溢れているわけだが、さほど感慨は湧かない。なぜなら不本意入学者が今も一定数いるだろうし、あるまじき考えだが私自身職に就けた嬉しさ以上に地元残留の忸怩たる思いが先行し、まるでまな板上の鯉みたいな心境でいたからだ。

「どうぞかけてお待ちください」という店主の声でパイプ椅子に腰かける。視界には遠く山地と車道に面して栴檀の木が揺れる。ベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」のアウラを想起する。下に視線を移すと店主が前輪を開けてチューブを取り出し、水で洗う様子が見える。理解と洞察が一体化しているであろう技術を、その手つきに見出し見つめている。

遺伝子コード、暗号、計算式、方式…一方に、世界はこれらのものから解明できるとする考え方がある。

他方、それ以前には、世界を書物のメタファーから読み解くアプローチがあった。世界のあれこれは書物の形式で理解され得るものとして記述や体系化が試みられた。

世界を理解すること、把持すること。

人間はつねにこの欲求を持ちこれまで生きてきた。すべての技術(テクネー)には、その行使による現実の制御を含め、生への恐れを克服する意味が込められているように思える。芸術作品の制作や、物語化による意味づけ、神話もそうだろう。

けれど、言葉や数式による汲み取りからどうしてもこぼれ落ちるものたちがある。どんなに謙虚で精緻にあろうとしても、いまだ触れることも目に留めることもすくい取ることもされなかった現実の断片が、長い時間を経て見出されることがある。

世界にはいまだ仮説の射程に収まらない事象がたくさんある。人の暮らし方も様々で、何歳を過ぎたから、何々ができないから、マイナーな土地に住んでいるからといってその生が都合よく終わってくれるわけではないのだ。だからしぶとく生き続けることも、発信することもできる。

私の眼下にも身の周りにも、いまだ発見され得ぬ物事がある。今ある現実はそれこそたまたま存在し得た偶然の産物にすぎないとしたら。

「はいお待たせしました!」。料金を支払いお礼を言って自転車にまたがると、街へ出てお金をおろし、国保と住民税の残りを支払う。後者は過去最低の金額で、賃金が安いと少しは得することもあるようだ。雇用保険の残りが振り込まれたので支払いを済ませることができた。

地元は相変わらずのんべんだらりで危機感がなく、のんびりして、街中は苛立つほど導線が悪い。だが人々はこの蒸し暑く風通しの悪い路地の網目を工夫しながら生きている。

なぜもっと早く、美学や哲学や、その他新しい学問分野と出会わなかったのだろう。そして地方で着実に研究を続けている人たちとも。いまそれを言っても仕方がないので、私は明日のために身体を休めよう。

ろくな構成のない文章になってしまったが、手中に収まらない出来事と日々向き合っているということで…ここまでにいたしましょう。

わたしが生きている現実たち

祝福を。

新しい仕事に就いて一週間が経つ。通勤圏は前と打って変って、街はずれを行き来するせいか、あれほど煮詰まって嫌気もさした街中がちょっぴり懐かしい。

職場は人数からいえば結構大規模だが、事業ごとに部屋が分かれているのと、外部へ出払っているグループもあり、まだ顔を知らない人が幾人もいる。そこで皆、黙々と自分の仕事をする。

新しい職場というのは、業務以外にも覚えるべき慣習がたくさんあって、そっちのほうが案外神経を使う。たとえばゴミの捨て方、掃除の日とルール、休憩のとり方など。でもこれもゆっくり、徐々に慣れていくしかない。

ここへ来て、「選ばなかった世界」に思いをいたすことが増えた。それは決して、前の職場が恋しいとか戻りたいとかいう気持ちではない。だが直前の職場を含め、これまでの仕事や居場所を経験できて、心から良かったと思えている。

今している仕事は、帰郷して最初に就いた仕事に一番近くて、その時一緒に働いていた自分より数歳年上の先輩の大変さをあらためて実感する。今ついている上司はもっと厳しい状況で、事業の管理すべてを担当し、時折アウトリーチもやってきた人だ。私はこの人にまだ迷惑しかかけていないけれど、早く仕事を覚えて回せるようにする。

今年上半期はめまぐるしく居場所が変わった。前職ーそれもインフラにガタがきてるせいで色んな部署を行き来したー、派遣会社、幾つかの面接、職業訓練校。

実は、もしかしたら派遣で勤めていたかもしれない会社を電車から見下ろしながら通勤している。そこは始業が早くて私が通る時間にはすでに稼働中だ。ここへ勤めるんだったら今より一時間以上早起きして行って着替えて体操だあ、と、忙しなく働く人たちを眼下に収めて気持ちを次駅の職場へ向ける。

私にとって、現実世界とは今身を置いている場所だけではない。それでいい、そうすることが自分の生を力づけてくれることは、5月あたりに実感し始めていた。

職業訓練校を振り返って、もっと教室のお友だちと会話すれば良かったかな?と思う。一期一会の縁は貴重なものだ。でも私には、ともすればモラトリアムのおそれがある学校の空間以上に、休み時間にはSNSで海外から発信してくれる海外のお友だちの情報にガッついていた。教室には、同じ求職中のお友だち。スマホには、同じ問題関心をもつ遠くのお友だち。こちらでビワの実が色づく頃、あちらからは菜畑の映像が流れてくる。そうして国外に思いを馳せていると、同じ部屋の中には自らの前職やこれまでの身の上話が行き交い、人手不足で貧困化と高齢社会が進む日本の地方の現状がありありと迫る。

そのどちらも私が生きている現実であり、かけがえのないものだった。

通勤途中もSNSを開くことがある。先日は、ヨーロッパへ留学中のある方が現地の風景を撮り、日本の夏といかに違うか、でも日本の夏を知っていること、違いがわかることが何より愛おしい、という内容の投稿をしていらした。電車が滑りこむ前のホームには、まさにその方が思い巡らせたのと同じ夏空が広がっていた。

新しい仕事はまだ慣れず気持ちの上でしんどいけれど、空間や時間を共有していない誰かとの対話も身近にしながら歩んでいきたいのです。