いわきび、森の明るみへ

四国の片隅から働き方や住まい方を再考しています。人生の時間比率は自分仕様に!

老後の下地をつくる

 

 今年97歳になる父方の祖母は、昨年春に祖父を亡くしてから持ち家に一人で暮らしている。数年前から急速に足腰が弱ってはきたものの、市内にする叔母が毎日訪ねて朝食を買い届け、服薬管理をし、また週末は私の両親がおかずを作り届け、どうにか一人で過ごせている。

 どこのお宅もそうだろうが、この祖母も家の中にすさまじい量のモノを溜め込んでいて、祖父が亡くなる二週間前までは室内はほぼゴミ屋敷と化していた。数年がかりで叔母と父が片づけ掃除し、不用品処分を折を見てはコツコツ続けていたが、何しろ祖母は菓子・総菜のパッケージにいたるまで「捨てる」という発想をもたないうえに掃除を拒み、不用品を捨てようとすると怒り、ちまちましたペースではとても間に合わず、祖父の葬儀を出す直前にモノの断捨離を強行してやっと今数人が座れるスペースが確保できている。

 

 その祖母が身内の顔さえ見れば言い募るぼやきが「一人はつまらん、寂しい」なのだ。祖父が入退院を繰り返し施設で暮らすようになってから、彼女はずっと彼女の自宅で一人暮らしだった。でも叔母が毎朝夕訪ねては食事と服薬管理をし、買い物や病院に連れていき、手続き関係もすべて代行してくれていた。夫である叔父との時間も犠牲にしながら、である。彼女の子は皆県内居住だがそれぞれ家庭をもち、叔父夫婦には孫の世話もある。彼女の要望は身内が頻繁に自分を訪ねて世間話をし自分の嘆きを聞き、孫たちも同様にしてくれることらしい。が、それまで足の踏み場もなかった家でそんなことは不可能であり、孫たちも自分の家庭や仕事がある。かかりつけの整形外科で祖母の話を聞いた医師による「そんな方のためにデイサービスがありますよ」との提案や、介護職をやっている義理叔母の「うちの勤務先のデイサービスへ来たら?」という話には一切耳を貸さない彼女にどんな対策があるのだろう。

 

 加えて年金や保険関係の手続きにも無頓着になり、祖父の他界後に本来なら妻である彼女自身がすべき委任や手続きをぜんぶ子どもたちに投げてしまった。認知症なし、口達者であるにもかかわらず署名さえ「知らん、わからん」で当初は拒否の一手だった。(もともと子どもたちで何をどうするか分担と手順を決めていたので、適当になだめて手続きは遂行できたが。)

 

 そして、加齢であちこち衰えてからは娯楽の幅がかなり限定されてきた。若い頃から手芸が好きで、折り紙や布人形、編み物、広告紙を折って棒状にして編んだ籠や空き箱を利用した物入れなど作っては人にやったり家に飾ったりしていた祖母だが、今の視力と指先の動きはそれらの作業にこたえられないらしい。家じゅうにモノがあふれ、モノを捨てたがらない原因の一つにこの手芸制作がやりたい気持ちがあるのかもしれない。

 

 現在の祖母の要求はだいたいこうだ。

 

 デイサービスで気心の知れない他人と神経使いながら過ごすのはイヤ!

 住み慣れた家を離れるのもイヤ!

 家のモノを減らされたり置き場を変えられることもイヤ!

 たとえ便利でも新しいこと覚えるのはイヤ!

 自分が慣れ親しんだやり方でしか生活を回したくない!

 難しいことはしんどいからやりたくない!

 

 身の回りのことは身内に、とりわけ実の娘にやってほしい!

 なぜなら気兼ねがいらないからー。

 

言い分をまとめるとそんな感じになる。

 

 気持ちはわからんでもない。自分も新しいことに慣れるのは時間がかかるほうで、あと一ヶ月半で終わる現職も異業種未経験だったから初めての作業の連続で、「この歳でコレをやって何になるの?」という徒労感の払拭がいまもつきまとう。コロナ災害でリモートワーク他通信機器を用いたコミュニケーションスキルが労働や生活に不可欠となり、しかもツールやソフトは日々進歩するので自身の意識やスキルの更新がいたちごっこ...。

 

 でも、以前書いたように現代の「老後」はほぼ1世代分に匹敵する長さの時間であり、自分がどう過ごしたいかを自分であるていど明確に思い描いておく必要がある。

 

iwakibio.hatenablog.com

 

  仕事や家庭以外のつながりを、何でもいいから意識的に作ること。

テクノロジーに頼れば、物理的に移動が難しくなっても対面でなくとも他者と交信できること。

たやすいものしか受けつけないという姿勢をやめて、多少負荷がかかってしんどくても自分が有意義だと思うことをやり続けること。

 

 デジタルデバイスの使用、インターネットスキル、ソーシャルメディアへの参加、居住地以外の地域や国外に目を向けること、日本語以外の言語で情報を取ること、その他価値観のアップデートー。これらは時代を生き抜く術という以上に、今では快適な老後の下地作りなのだなあ、と自戒をこめて思う最近である。 

 

 

 

 

 

コロナ禍と職業差別

 2020年に話題にのぼった本にデヴィッド・グレーバー『ブルシット・ジョブ――クソどうでもいい仕事の理論』(岩波書店)がある。
ブルシット・ジョブ――クソどうでもいい仕事の理論 | デヴィッド・グレーバー, 酒井 隆史, 芳賀 達彦, 森田 和樹 |本 | 通販 | Amazon

グレーバーの指摘は新自由主義下の労働を考えるにあたって的確な整理の一助となるだろう。だが2020年にわが国で起きたことをふり返ると、ブルシット・ジョブ等の語の半端な普及は、世にある仕事に対する安易で侮蔑的な腑分けが促進されはしないだろうか?

 新型コロナウイルスパンデミックがこの国で浮き彫りにしたことの一つは露骨な職業差別だった。約9ヶ月前、国内で感染者が増加し始めた頃にその原因たる場として ビュッフェ形式の食堂、居酒屋、屋形船、宿泊施設などいくつかの営業形態が名指しされ、それからライブハウス、劇場、コンサートホールなどが密閉・密接・密集に該当するとして休業を余儀なくされ、緊急事態宣言が出される前後には「夜の街」の風俗店が感染拡大の発生源とされた。それらの店を「自粛」させるあたって、当初満足な補償などなかった。

 一方で世間ではリモートワークが推奨され出した。オフィスに居合わせる人間を削減するために在宅でできる業務ならオンラインにシフトしようというわけ。ただこれも適用されるのが正社員のみで、非正規労働者は対象外という事例があちこちで指摘されている。何よりリモワできる業種職種はごく限られていて、外回りや現場系の仕事のばあいそれは不可能だ。そして忘れてはならないのが、リモワできる環境条件はリモワできない仕事を担う人々によって支えられていることだ。

 夏・秋に感染者数が減ってくると政府は旅行と外食を促した。GOTOキャンペーンである。観光業と飲食店の救済が目的とされたが、実際には大手旅行代理店やぐるなびと結びついた利権や中抜きの問題が指摘され税金を使って行う政策として公正が問われた。

このGOTOと感染者増加が無関係なはずがない。医療労働者はその間も感染拡大防止と感染者治療のために、必死に現場で奮闘していた。おそらく政府の無策によるひずみを最も被っているのは医療従事者である。巷でマスク不足だった時期にはPPEも十分に配布されず(大阪市では防護服の代わりに雨合羽の提供を市長が市民に呼びかけた)、危険手当はいまだ病院ごとに格差があり、慰労金はなかなか届かず、病院赤字によって夏冬のボーナスはカットされ、感染を防ぐため私生活に厳しい制約を課されている。これでは退職者が増えないほうが不思議だ。

で、今回一都三県に出された緊急事態宣言で憂き目を見ているのは飲食店である。夜8時以降の営業自粛の根拠は会食クラスターの頻出らしい。しかしウイルスは夜行性なのだろうか。外食は楽しみや贅沢だけでする「不要不急」の行為なのだろうか。たとえば営業や運輸、夜勤のある仕事など現場系労働の「外で働く人々」にとってイートインできる飲食店は不可欠のはずだ。そういう人たちが利用するのは決して「夜8時以降」だけではない。もし本当に飲食店利用が感染拡大源ならば、飲食店には補償を渡して休業させ、デリバリーや小売りを拡充して外に出ざるをえない人たちを支えるべきだろう。

 ざっとふり返っただけでも、職業や雇用形態が違えば人々がこのコロナ禍で見ている世界はそれぞれあまりにも異なる。補償のあり方や金額もカバーする対象が狭すぎるために同業者間にさえ分断をもたらしている。その陰で「あの仕事はブルシット、この仕事も不要不急」などとジャッジする姿勢が進んだら、この社会は本当に機能するのか?

 私が昨年忘れられなかった出来事に、炎上を招いた平田オリザ氏の発言がある。

https://www.nhk.or.jp/ohayou/digest/2020/04/0422.html

製造業の場合は、景気が回復してきたら増産してたくさん作ってたくさん売ればいいですよね。でも私たちはそうはいかないんです。客席には数が限られてますから。製造業の場合は、景気が良くなったらたくさんものを作って売ればある程度損失は回復できる。

この後平田氏は発言をめぐって以下のサイトで返答しているが、製造業従事者への謝罪や理解はこの文章には入っていない。

主宰からの定期便|平田オリザ|青年団公式ホームページ

社会維持のために、文化政策にはより手厚い資金投入と擁護が必要だと私は考える。演劇をはじめ「不要不急」扱いされたあらゆる文化活動に対してである。だが、平田氏の発言・態度が招く帰結は異なる業・職種間の序列化と分断だけだろう。それは社会階級にもとづく文化資本の序列化と連動し、かつ強い政治性をもつ。かつて、活字の本は文化だがマンガは子どもの学びを阻害する有害な娯楽と言われた時代があった。こんな発言の延長上にはそれと同じことが文化活動をめぐって起きかねない。

エッセンシャル、ブルシット、不要不急―、職業をめぐって「上から目線」で補償対象の線引きをしたり、対象に含めたり排除したり、方向性のまちがった感謝の提示がなされたり(医療従事者を称えたブルーインパルスや電飾、感謝のお手紙など)、文化の成熟とは程遠い社会のありようが露呈した一年だった。今年は各人が従事する活動のちがいをふまえて真の連帯を作っていきたい。

乳牛と労働者~『家族を想うとき』にみるケアのゆくえ

longride.jp

ケン・ローチ監督『家族を想うとき』(原題 Sorry Missed You)は、グローバル資本主義下に台頭したギグ・エコノミーの労働問題と、不安定雇用に揺さぶられる家族のゆくえが中心的論点とされてきた。物語は不安定な生活から脱してマイホームの購入をめざしフランチャイズの宅配ドライバーとして独立した一家の父・リッキーと、その家族の様子を描く。ただし本編を貫く問題の場は家族にとどまらない。GAFAに代表されるICTシステムに覆われた資本趨勢のなかを生きる個々人のケアはいったい誰が担うのか。これが本編に終始伏在するテーマである。

1.高齢者、障碍者のケア

本編でリッキーの妻・アビーが訪問介護の職に就いていることは決して設定上の偶然ではない。アビーが日々関わるのは、自力で身の回りのことができず日常生活に他者からのケアを必要とする高齢者や障害者である。人は生きるために日々ケアを必要とする。かつて家事、育児、介護などのケアや再生産領域の活動はほぼ家族が全面的に担ってきた。だが資本主義の進展、福祉国家の確立と解体を経て、ケアの負担は家族・国家・市場いずれの領域においても脆弱化した。その矛盾が鮮烈に現われるのは、物理的に自分で自分の身の回りのことができない障害者や高齢者、子どもにおいてである。
細分化された業務スケジュールの中パートタイムの介護福祉士として働く彼女は、細分化された業務スケジュールの中より良いケアを提供しようと腐心する。しかしリッキーがドライバー業務に必要なバンを買おうと唯一の財産だった自家用車を売却したために、彼女は訪問先までバスを乗り継ぎ業務に必要な移動に膨大な時間と費用がかかるようになってしまった。雇用先はこの交通費も労働コストとして反映させず、利用者に汚された服の着替えさえ負担しない。かくして彼女は以前より自分の家庭に居る時間を削られることになる。
もちろんケアは身体介護のみを指していない。むしろ精神・感情面の配慮を中心としたやりとりがケアを受ける側にとって不可欠であることが作品中たびたび出てくる。アビーは介護者の手を焼かせる利用者について上司にこう叫ぶ。
「彼女は問題のある利用者じゃない、繊細なケアが必要な人なの!」
「繊細なケア」を必要とするのは介護サービス利用者だけではない。アビーらの子どもたちもまたティーンズとして様々なケアを欲している。

2.思春期の子どもたちのケア

多感で難しい時期にある16歳の息子・セブは学校で次々に問題を起こす。とはいえそれらは思春期特有の社会や大人に対する疑問にもとづく行動で、保護者役割をもつ大人がその都度向き合ってやればよいだけにも見える。物理的なケアが世話の大半を占める乳幼児とちがい、10代の若者に必要なのは精神面でのケアであり対話である。ときに対峙する壁となり、ときにフォローする役目を果たし寄り添うことが要求される。だが両親はそれぞれの仕事が忙しく十分にその時間が取れない。セブの態度に苛立ったリッキーは思わず彼を怒鳴ってしまう。そして学校側は保護者を呼び出しルールと厳罰で対応し、セブはとうとう警察に引き渡される。セブを補導した警官の言葉が印象深い。
「君には心配してくれる立派な家族がいるんだ。」
この立派な家族を悲しませないよう君はまっとうな道を歩まねばならない―、警官はそのように諭すが、日々の労働に追われるリッキーとアビーはもはやそのキャパシティを失いつつある。
久々に家族で食卓を囲む休日の夜さえ、アビーには勤務先から非番の呼び出しが入る。ある利用者が親戚の結婚式から帰宅したもののトイレ介助をする者がおらず下着を汚してしまったという。冠婚葬祭という非日常の場に家族が集まることはできても日常生活の場でケアを提供する人はいない。利用者の家族もそれぞれ生活があり、ケアを家族だけで抱えこむことができないゆえにこの高齢女性は訪問介護を受けている。家族の外部がケアを担うことができるように整えたシステムがまさにアビーの従事する訪問介護事業だが、市場化されたケアサービスは利用者の生活を十分包摂することはできない。そればかりかケアを提供する労働者がその家族と集うこともこの働き方は難しくする。呼び出されるアビーは自分の家族との時間を犠牲にして利用者のもとへ駆けつけている。
このようにケアをめぐるひずみは、ケアの全面的な担い手であった家族においてより顕著に現れる。行き届いたケアへの切望は、本編中において過去や現在の家族に対する思いとして頻出する。この意味で『家族を想うとき』という評判の悪い邦題はあながち的外れとはいえない。


3.乳牛のたとえ

セブのことに心を痛め対処するために仕事を休ませてほしいと頼むリッキーを、管理職・マロニーは突き放す。「私的な事情だと?俺はお前のカウンセラーか?」従業員の家族が重病で倒れても、従業員自身が心身の危機に陥っても、それらは彼にとって業務上の配慮の対象ではない。従業員のプライベートへの配慮は自分の仕事ではない、いわば自己責任で処理しろと言うのだ。
 休まず働くことについて象徴的なマロニーの台詞がある。
「俺の親父は乳牛を飼っていたが一日も世話を休まなかった。」
それは家畜が財産であり生活の糧およびその源泉であり、世話をしなければ死ぬ存在だからだ。ひるがえって現代の労働者―少なくとも彼のもとで働く者たち―はいつでも代替可能な労働力にすぎず、家畜ほどのケアさえ受けられず働かされている。
何よりマロニーの言う乳牛の世話は、厳格な家父長制による支配の行き届いた家族構成員の無償労働によって成り立っていたはずだ。そこにはケアの手間と時間と細心の注意に伴う心労も含まれる。そうした家族が生きていくための有形無形の社会的バッファは、福祉国家の盛期には制度によってその一部が担われる一方、大半は私的領域やコミュニティのインフォーマルな慣習に埋め込まれていた。そしてこのケア労働は、家父長制下の家長および資本制下の経営者層にとってあたかも無尽蔵の天然資源のようにみなされ、あえて意識されることさえなかった。この台詞は、かつて労働環境と処遇の改善を訴える保育士たちに対して「お母さんには休日はない」と一蹴した園長を彷彿とさせる(山森亮ベーシック・インカム』光文社、2009)。


4.私たちは自分の世話さえできない

上記のような過酷な労働環境に日々晒されるリッキーは思わずアビーにこぼす。「俺のこともケアしてくれ」。だがリッキーの選んだ働き方は、労働者を食事・睡眠・排泄といった自らの身体ケアさえ安心してできない環境に追い立てる。作品冒頭でリッキーが熟練ドライバーから車内に常備するよう助言される空のペットボトルが、なぜ配達員にとって不可欠の持ち物なのか。それは本編を観ればわかる。それを使うとき配達員は最も無防備かつ危険な状態にさらされる。業務中のドライバーは、自分で自分の世話すらできない。私たちはいまや社会的再生産やエネルギー補填のための時間さえも資本制に奪われている。
 ここからわかるのは、市場を支える膨大な非市場領域の危機である。資本蓄積は無償でなされる様々な再生産活動から成り立つ。細分化した勤務時間で極限まで働く労働者の心身の健康を支えるのは、家庭を含めた非市場領域の営為である。市場原理の存続を支えているのは無数の膨大な非市場領域(自然資源を含む)にほかならない。家族やケアをめぐる物語を軸に進む本編で浮かび上がるのは、労働者として分断され、自らの心身ケアの負担を家族と分かち合うこともできず、孤立する人々の姿である。

何月何日であろうと

 とうとう通勤路のそば屋に「年越しそばご予約承ります」の看板が出た。最近朝が遅くなりがちで自転車をすっ飛ばして職場へ急ぐのだがそんな朝に「ああ来たか…」と胸に迫るものがある。

 

 先が見えない人間にとって暦は想像以上に心身を追い詰める。世の中にはたくさん期限や締切があって、求人応募(年齢制限もある)、コンペの締切、仕事の納期、予算・見積もり・決算の時期、雇用の契約期間、家賃の支払い期限ー。社会の中で生活するからにはそれも仕方ないのだが、世間にはインフォーマルな、慣習にもとづく不文律のデッドラインも多くある。「何歳までに〜しなくてはならない」の類がそれで、たとえば30歳までに「きちんとした」仕事に就いて、結婚して、子どもをもうけて…と今ではごく限られた条件でしか成り立たなくなった、高度経済成長期の標準的ライフコースを前提にしか人生を考えられない見ようによっては哀れな常識を振りかざす人々はいまだにいる。

 

 私は「特別な日」にこだわるのが嫌いだ。冠婚葬祭、記念日など非日常の行事に振り回されて日常生活が疎かになるくらいならやらない方がまし、と思ってしまう。とくに年末年始、ただ年が変わるからと言って焦燥に駆られ意味もなくバタバタ動き、しかもその気持ちや行動を他人にも強要する輩がいる。

 

 あれは2008年末〜09年始の冬だった。私は当時住んでいた北日本から年末に地元へ帰省し実家で過ごしていた。進路が行き詰まってどうしようか追い詰められていた時で、しかも帰省前までひどい風邪で寝込んだあとだった。両親はともに年末年始がかき入れ時の仕事に就いていて、家の中は殺伐としていた。

 

 母の勤めていた飲食店はだいたい12/28〜31までは戦争のような忙しさで、ほぼ徹夜に近いシフトの合間に家へは仮眠をとりに帰るだけだ。父も12月後半から大詰めを迎え元日から出勤せねばならず、遅く帰宅しては、いびきをかいて眠る母を起こさぬよう別室で自分のシャツにアイロンがけをしている。

 

 そんな状態でも正月準備は人並みにやらなければならない!という家だった。夜行バスを乗り継いで帰宅した私を待っていたのは年一度しか使わない餅つき器とバケツに何杯も水漬けされた餅米である。ふだん住んでない家のどこに何があるかも分からぬまま餅をついて丸めるよう命じられた私は、不器用なので当然うまくいかない。機械に入ってる餅米を蒸しながらこねるための刃をべとべとに汚してしまい、これをお湯に浸けてほとびれるのを待つ。

 

 テレビからは年越し派遣村の様子が流れてくる。リーマンショックの影響で年末に仕事を切られ、住まいも失った人たちへの支援活動である。この先仕事が決まらなければ自分にとって他人事ではないこの光景を横目に、母は私を詰りつける。離れて暮らすだけに一年分溜まった心配と不安を叩きつけられながら、自分も

「あと数時間で年が終わる、年を越せなかったらどうしよう」と根拠のない不安に駆られたものだ。

 

 そうこうしてるうちに関西に住んでた弟が帰ってきた。着く早々お節料理を何品か作ることと餅つきを終えることを命じられた弟は私より器用なのでさくさく作業を進めていく。

 

 とりあえず元日の朝起きてみると、台所には父がかじったトーストの残りが放置され、弟は餅とり粉にまみれた手や服のままソファに転がって寝ている。泥のように眠り続けると思われたと母は起き出して、神がかりのような状態で母は巻寿司を作りだす(この地域では正月に寿司を食べる習慣がある)。県内に住む祖父母宅へ年始伺いの土産にするためだ。そうしてとにかく正月という「大事な節目」にふさわしいタスクにぶん回されて年始が過ぎていった。

 

 たしかその1月に発売されたビッグイシュー日本版の号だったと思う。「エモ!言われん」という連載の四コマ漫画にとても慰められた。「初日の出は見ましたか?」という問いかけで始まった漫画は

 

「何月何日であろうと/日が昇り沈むことに変わりはないのに」

 

という台詞で締めくくられる。

 

 派遣村に集まった人たち、仕事や住まいを失って路上へ出た人たちに目線を合わせてきた雑誌だからこそそう思えたのだろう。

 

 何月何日だろうとその日を生きる尊さに変わりはないし、各人が日々を大切に生きられるために、政治行動や社会保障はある。会計年度や司法年度の区分、諸々の制度はしょせん国や市場が、人間が定めた区切りにすぎない。暦やデッドラインに追い詰められそうな時、たびたび私はこの台詞を思い返すことにしている。

 

 

文化的アクセスのインフラだったEテレ

 菅首相のブレーン・高橋洋一氏がNHK改革案としてEテレの売却を提案した。

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 当然ながらこの案には抗議の声がネット上あちこちで上がっている。幼い子どもに良い番組を提供してくれて育児中お世話になった、一斉休校でいち早く学童向け教育番組を放送してくれた、良質な科学番組や文化教養番組は利益・視聴率重視の民放ではなかなか作れない、EテレこそNHKの存在意義なのに等々。そして公共放送である以上文化的インフラでもあるのだから視聴率をもとに売却などおかしいという主張もみられた。たしかにあの強制的な受信料徴収はそういう前提のもとに行われていたのではなかったか。

 私も上記と同様に考える。そのうえでとくに強調したい点が二つある。一つは、この提案(詳細をみるとあくまで高橋氏の個人的見解らしい)は地方在住者の文化アクセス権を放棄したに等しいこと。地方と大都市圏(特に首都圏)にはアクセス可能な文化資本の量・種類・質ともにいまだ圧倒的な格差がある。戦後の大衆教育社会の発展を経て市民に一定の教育水準と階層移動がなされてきたのは、中流層が文化的関心をもち文化を享受するための行動やそれに必要な資金を担保するだけの経済的余裕があったことが大きな理由である。そのインフラとして、一般向けメディアで一定水準の文化コンテンツが提供されていたことも無視できない。とくにNHKは公共放送だからほぼ同じ番組が全国で放送され、どこの家にもテレビがあった時代ならどんなに家庭や地域が荒んでいても良質な教養番組を見ることができた。一方、新自由主義改革に明け暮れたこの三十年で進んだのは教養主義の解体だった。文化、教養、知性への蔑みがあちこちで侵食した。数か月前の学術会議バッシングもそういう土壌あってのことだろう。

 もう一つは、マスメディアの存在意義とは何かという問いである。3.11直後に目立ったマスメディアのダメさ加減はソーシャルメディアの進展を後押ししたけれど、では後者が冷静な言論土壌を作っているかというとそうでもないことも分かりつつある。なかでもSNSは、同じ関心をもつクラスタの感情を煽って一定の方向へ議論を誘導しやすい傾向がマスメディアよりもずっと顕著だ。インフルエンサーが言うことにたやすく自分を重ね合わせ、追従しない層を露骨に見下す風潮を頻繁にみる。これでは新聞の小さな記事にも目を留めようと呼びかけていた時代のメディア・リテラシーのほうがはるかに健全だったと思う。マスメディアは一方向の発信だがその内容をきっちり監視していくのが民主主義だろうし。

ともあれ、そもそもメディアに載らない小さな声を拾うために必要なスキルや感性の下地を養う役割が、Eテレにはあるはずなのだ。

広場があること

 

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 夏過ぎから、退勤後には中心街の広場を通って帰るようになった。敷地の隅には美術館も図書館もある公共の広場だ。地元は城下町で、お城のふもとに廻らされたお堀と森に囲まれて、散歩やジョギング、運動にはげむ人たちが毎日行き交っている。

 

 新コロ対策で室内に集まる気晴らしが禁じられたのを機に、屋外に繰り出すようになった人もいるだろう。広場は芝生があって球技やダンスの練習に興じる人も多い。子どもを遊ばせながら自身も外の空気を味わう親たち、ベンチでくつろぐ人、談笑する人。動画を撮影する人もいる。スマホの自撮り棒やタブレットをかざして、思い思い画面に語りかける。カメラを構える人。犬を散歩させる人。めいめいが気の向くままに行動している様子を眺めるのは心地良い。

 

 こういう広場に自由と解放感をおぼえるのは、そこがとくに目的を定めず居られる場所だからだ。もちろん禁止事項はあるが、「ここは何々する場所」という縛りがなく、ルールを守れば無料で好きなだけ居てよい所って案外少ないのが現状だ。カフェだって基本は有料で飲食する場であり、あまり長時間の勉強・読書はご遠慮下さいという姿勢である。その点では公共の図書館も似たような性質を持つ。家以外で、大人が長時間無料で勉強できるスペースがほかにあるだろうか。

 

 コロナ禍は、安心できる所属を持たない人の居場所の問題をもあぶり出した。住居のない人はもちろん、家庭が安全でない人や家庭に居場所のない人、ケア役割を強いられ一方的な献身を求められる人は沢山いて、彼/彼女らはステイホームと言われても行き場がない。同時に、フリーランスで働く人が第一波の初期に住居確保給付金の申請条件にうまく合致しなかったのも、彼/彼女らが収入や福利厚生の面倒をみてくれる所属先を持たなかったからだ。本来福祉国家が担うべき機能を、企業内福利厚生で代替させて再分配やセーフティーネットを公共セクターに求めてこなかった日本社会の矛盾がこの人たちにおいてあらわになったのだ。そしてもちろん、非正規雇用労働者にも全く同じことが押し寄せている。

 

 いま一度、公共空間の再興を要求したい。どんな立場の人も排除されず、とくに何もうしなくてものんびり居られる場所を。社会のあちこちに今こそそんな空間が命綱として切実に必要なのではないかと痛感する。

 

 

 

わが机上自由なりき

 11月は暖かな日が続き、月半ばには夏日に近い気温の日さえあった。おかげで職場の事務所外の作業―それも水仕事付きの身体を使うチームワーク―も、水が気持ち良いくらいの気候で順調に終えることができた。

 何度も書いているが、私は手や体を使うタスクも他人との共同作業も不向きだ。複数いる人員の立つ位置、邪魔にならない動き方、タイミングに適った声がけと簡素な言葉選び、運ぶモノの様子やその持ち方、刻一刻と変わる空間の変化に合わせて自分が何をすれば/どう体を使えばよいか、状況を読み取るだけで精一杯である。そんな中統率する担当者とスタッフたさんたちは機敏に体と手を動かし、少々トラブルがあってもその場でフォローや訂正をして気持ちを切り替えて進んでいく。最終日の片づけの時に見た、床でさらった細かな木片、ビニールの破片、散らばった蜘蛛の足をゴミ箱に集め、ゴム手袋で無心にゴミ袋へ移していくスタッフの姿を思い出す。労働とは本来ああいう動作のことを指すのだろうか。

 そんなわけで、作業の後デスクワークに移った時は心からホッとした。パソコン上でやる業務ならあるていど自分の裁量がきく。机上でもパソコン上でも自分の視界にすべての情報を置き、統治できる。上記の作業とちがって自分が自在であることを感じる。刊行用の資料画像のレイアウトに画面上でどれほど苦心してやり直しても、自分の身体が傷つくことはない。これがブロック積みやフォークリフトの荷物積み下ろしだったらすでに多数の死人が出ていると思う。

 そう考えるとデスクワークというのは身体労働とはたしかに異なるスキルや所作を要求する。文章の読み書きやパソコンの画面で作る何かは、現実の重量や実体のあるモノを記号や図や文に置き換えて作業を進めていく。インターネットやDTPに疎い高齢の人々が、少し昔にネットビジネスや机上で完結する仕事を「虚業」呼ばわりしたのはこういう点への非難があったのだろう。けれども話を少し拡大すると、デスクワーク全般にそもそもそういう側面がある。机やパソコン画面を一つの空間として仕切り、実体から切り離されて虚構にひとしくなった文字や記号、数字、線などを配置し、それらと対峙する間は孤独と静寂を要求する。

 だから、識字の普及や読書する層が社会に登場したことは人間の歴史の中で画期的な変化だったにちがいない。近代化が進むにつれ識字と文章の読み書きができることは必須のリテラシーとなり、それに長けた人間が機構の上層に立ち、官僚主義が進んだ。20世紀の終盤からインターネットの登場にともなう技術革新とあいまってそれらは相対化され、私たちはいま新たなメディアの恩恵によってオンライン授業やリモートワークの普及を目の当たりにしている。

 とくに動画による学習や情報伝達の効果は大多数に歓迎され、近代の学校制度や教室での一斉授業の旧弊を嗤う声がSNSには溢れている。軽量化したパソコン、タブレットスマホを駆使すれば机のない場所でも情報の受発信は可能だ。路上、ベッドの中、田畑の畔、時間や場所を選ばずに通信できる―。

 しかし動画で全てを学べるという主張には無理がある。こういうデジタル機器を使いこなす前に、それらを通じて受け取る情報を理解するために必須である読み書きを覚えるには、やはり一人で机に向かって静かに学ぶ機会を必要とするだろう。言葉を使って自己と世界を振り返り理解すること、それができて初めてネットで有益な受発信ができる。省察や反省的思考をするためには文字と言語を学ぶ必要があり、その過程で机が要る。よって、一斉授業かどうかはともかく初等教育で学校が不要になる日は来ないし、それを叫ぶのは危険である。

 こう書きながら、私はつくづく自分の机に対する執心が強いことを痛感する。窮屈な地元実家生活を思えば無理もないかもしれない。自分の机が奪われたとき、それはこのブログを始める半年前の夏だった。今も住んでいる実家を税金対策も兼ねてリフォームすることになり、6~7月の間、暑いさなかに窓を開けられず冷房もつけられず、自室の机で読み書きが難しくなった。のみならず休日昼間には机の正面にある窓に建設業者の作業員が張りつき、しかも野卑な態度や言葉を飛び交わしながら仕事をしている。とても居られたものではない。同時に、当時の職場では業務システム刷新と称して「合理化」のもとに人員や機械、パソコンを減らした。それまでは自分の机があったのに、午前・午後で空いている座席を探してパソコンを使う形態に変わっていく序盤だった。事務職なのに、だ。

 その時期を思えば自宅・職場ともに自分の机がある今の状況はずっと良い。(ただ職場は3月末に契約が終わるけれど。) 読み書きをすることは、特殊な動作を身体に強いる。自閉性をともない、孤独を必要とする。これに関連してデスクワークは机上という小さな空間に総てを収め、自ら考える自由を感じられる。そういうあり方が好きな層が社会には一定数いて、屋外の現場系作業には不向きであってもそれとは違う形で社会貢献をはたしてゆける。それが文明の進歩だろうと私は考える。