いわきび、森の明るみへ

四国の片隅から働き方や住まい方を再考しています。人生の時間比率は自分仕様に!

人生の軌道のたとえ

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高速道路と列車、高速ビルの夜景がバスの窓からうねるように迫ってくる。朝早く四国を発ち、関西で就職試験を受けて今はその帰り。夕方に試験は終わって駅前で一杯やって、ターミナルの場所を間違えながらやっとたどり着いて乗車。
エスカレーター右側にびっしり並んだ人を脇目に左側を慌ててすり抜ける。目線を上げて天井に下がる案内表示を追いながら人の流れに滑りこむ。大都市では当たり前の動線も、久々に田舎から出てきた私には新鮮だ。結果はどうあれやって来て良かった。家に着くまでが遠足だから、あまり気を抜くのはよくないが。

こうして高速バスに揺られていると、遠距離恋愛をしていた十年前を思い出す。いわきびは東北に、相手は中部に住んでいて、東京で会うことが多かったが、その他の地でも都合が合えば出向いていた。旅先で会って別れる交際はしかし、時間と体力と金銭面の疲弊がかさむにつれ負担が増していった。会うのは良いが、その後どうするという見通しが立たなければ、結局徒労感が募るものだ。互いに異なる時間が流れる場所を選んで生活していれば自ずと生きているリズムも見ている風景も違う。そして自分の進む方角が、相手の歩むそれともう交わらないだろうと思ったとき、つきあいを続ける理由はなくなる。

朝、本州へ入る橋の景色を見ながらかつて世話になり尊敬もしている人たちのことを想起した。その方たちは同世代だったり所属を同じくしたり一時期そこそこの接点をもちながらも、今ではつきあい自体が解消したと言ってよい人たちだった。突然、この世から居なくなった方もいる。集まりで再び会ったにもかかわらず、声をかけそびれ先方は無視、という関わりもある。その時は身の置き所が定まらない自分の立場を口惜しくも思ったが、今ではそれでよい、と思う。

なぜなら、どんな人との関わりもたまたま人生の軌道を重ねる機会があったにすぎないからです。自分でその終着点が見通せなくとも、最期から見渡せば線グラフが無二の放物線を描いて交差するように、また異なる目的地を目指す人が同じ汽車で一定区間に車両を共にするように、人生の一時期を同じ場所や関心のもとに過ごしただけのこと。偶然の産物であるけれど、それもまたかけがえのないひと時でしょう。

一期一会といえばそれまでだが、そう割り切るまでにあまりに特別な意味や期待を込めて重ねて、私たちは現実を理解し自分の軌道を築こうとする。旅先の車窓からは山麓に多くの住宅街、また異国情緒ある建物が並び、各々が自分の世界像を持って生きているのだと思うと、いくら世俗が鬱陶しくても投げやりな感情は持つまいとも思う。22年前、ここもまた既有の日常を砕かれたのだ。

誰を愛そうと何に意味を見出そうと自由である。でも誰かの価値観や状況を、自分の幸福の条件に重ねてはいけない。孤独な作業ではあっても、個人がめいめいで生存の技法を紡ぎだすことで拓かれる活路を、その無比のフォルムを、私は古くて新しい論点としてずっと追っていきたい。