いわきび、森の明るみへ

四国の片隅から働き方や住まい方を再考しています。人生の時間比率は自分仕様に!

逆行する時間を生きる―『港町』に交差する生と死―

もう7年ほど空家となった隣家の庭は今夏も勢いよく緑に包まれた。ムクゲが咲き、夏草が茂り、今はそれも終わって真ん中に生えたレモンの木は黄色い実をつけている。誰も獲らないこのレモンは、たしか昨年も3~4月頃にその数か月前から果実をたわわに実らせたまま花を咲かせていた。

こういう木は近所でもよく見かける。家庭で栽培する果樹や野菜が十分収穫し終わらないうちに、実や種をつけたまま枯れ、その株が新たな芽を吹き次の実が生るのだ。
こうした植物の世界ではたして命の循環はうまくいっているのだろうか。こうした庭木を見ると、世代交代が機能しなくなった日本の高齢社会が想起される。

****

想田和弘監督のドキュメンタリー映画『港町』が映すのは、岡山県瀬戸内市牛窓地区の海辺に暮らす住民と近隣の生き物たちの生である。とりわけ人々にとって大切な生業である漁業と、獲れた魚介をさばき売り、買い手のもとに届くまでの様子がとても丁寧かつ仔細に撮影されている。

地区は高齢化が進み、若い働き手はごくわずかのようだ。鮮魚店でさばいた魚を軽トラに積み、険しい坂道を運転し巡回販売するはつらつとした女性は後期高齢者である。作品の冒頭に出てくる船上で魚を網に掛ける男性も、漁は採算がとれないのでやっていけないという内容のことをもらす。市場の競りも少人数で淡々と進む。伝統的な生活様式はたしかに脈々と受け継がれてきたが、今はとても小規模となっている。

このような暮らしの中でたびたび意識を向けられるのは過去の時間である。高台の墓地で掃除をする女性の話はそれを象徴するかのようだ。毎年各家が代々の墓に菊花を生けて祖先を祭る「菊並べ」の時期にお墓の手入れをしながら、女性は自らの遠い先祖の話をする。高地から穏やかに霞む瀬戸内海の彼方を見渡しながら思いを馳せるのは、祖先の伝承や昔の暮らし、すなわち過去である。

一方、こうした人間たちと対照的なのは猫たちだ。作品中には頻繁に野良猫が、それも親子が映っている。ある猫は人が獲った小魚をかすめ取り、まだ動くそれを草陰で子猫に与える。また、移住してきたご夫婦は引越し当初から付近の野良猫に餌を与えるうちに「一気に子ども産んで殖えちゃった」と語る。映画は給餌の様子も映す。集落の魚屋でもらったアラを大鍋で煮込んでぶつ切りにし、冷や飯にかける。凄まじい勢いで餌に喰らいつく猫たちの旺盛な食欲と繁殖力が否応なく伝わってくる。

猫たちは魚によって新たな命を養い殖やす。魚は子猫の餌となり、未来へと命を繋ぐ糧として機能している。対して人間は魚を漁り、さばき、商い、干物や料理を作っても届け先は高齢者である。人間において魚は死に近づいた生命、すなわち過去へ連なる存在のもとへベクトルが向かっている。

しかし猫たちの繁殖は幸福に繋がるとは言えない。なぜなら彼らは全て人間に飼育されてはいない「野良ちゃん」だからである。野生動物でない彼らに路上は過酷な環境である。生後6か月にして繁殖可能な身体に成長し年に3回も出産可能という猫の繁殖スピードは、いずれ住民の給餌キャパを上回るだろう。猫たちが繋ごうとする未来の命に対して十分な受け皿はおそらくない。

作品の終盤、本編の案内役ともいえる女性がさばいて干した魚を知人に届けるためにカゴに入れて歩く。途中であちこちの家を指して「ここも空き家」とつぶやく。届け先のお宅は留守だった。その近隣もいずれ空き家となるだろう。魚は人間において徐々に届け先を失い、猫においては必ずしも幸福な未来に繋がらない命の糧となっている中、漁と商いの様子はただ食物を媒介に循環する命の厳かな過程を浮き彫りにする。

繁殖し命のサイクルを作る猫と、高齢化とともに共同体の規模とサイクルを縮小してゆく人間との鮮やかな対比を通して、カメラは生命連鎖の逆行をたどる。来たる命と逝く命が交差する場こそが港町なのだ。「生きて、死ぬ。死んで、生きる。」という本編のキャッチコピーはここに結実する。

さらに彼女は自ら情愛を注いできた「子どもを奪われた」経験を吐露する。彼女の叫びは社会的排除を被った者の、ひいては生命連鎖のループから外された者の叫びともいえる。カメラがそうしてたどり着くのは、食物をとおした生命の循環網から外れ/外されてゆく人間の姿であり、高齢社会の日本の縮図である。

魚のゆくえを軸に牛窓に住まう人々と猫の様子を映した本編は、生命の循環網および連鎖から外れた命の克明な描写といえるだろう。遠い祖先や過去へ向かう心のベクトルの下に人々は逆行する時間を生きている。未来の命に対する受け皿を失った土地で、海だけが変わらず波を寄せ返し、生死の行き交うこの世の時間を刻み続ける。

minatomachi-film.com