いわきび、森の明るみへ

四国の片隅から働き方や住まい方を再考しています。人生の時間比率は自分仕様に!

イニシアを乱す居場所

祝福を。
花屋の店頭には小手毬と麦に似た緑の花、チューリップが並び、向かいの喫茶店の前には桃色のカサブランカに豆桜が壺に生けてある。ほんの通りすがりで写真がないのが申し訳ない。

くたびれて気落ちした折には、誰の目にも鮮やかだろう善きものの前にじっと佇むのもはばかられることがある。それでも花や木は一切の打算や意図や目的を超えて、私たちの関心とは無関係にその美を与えてくれる。これが人の作り出したものーたとえば人の集まりで作る活況、コミュニティーだと、今の自分に何が欠け、何が適さないのかを、はっきり教えてくれる。

山陽行きの高速バスが停車場を発った。あれに乗ればとりあえず本州へ出られるが、そうもいかない。仕事がある、だが職場はもう仕事をまともにこなすだけのインフラが、まるで吊り橋を断たれたのと同じ位のダメージで、機能不全である。

どこの現場でも必須と言われる合理化効率化のもとに、座席も端末も不足した状態で職場は回ってきた。これまでは色々あって人も減ったので辻褄が合ってきたが、今はそうではない。詳細は書けないが、アナログ業務とデジタル環境業務の両方を担当させられてきた自分がワリを食うことになった。同じ社内のあちこちのライン(?)へ日に何度も移動するので、直属の担当からちょっとした連絡さえ伝わらないことも多い。こちらから誰かに声がけしようにも電話や席空きで契機を逃すこともある。多忙は自転車操業の様相を呈し、「ちょっとした」ズレや不満や失意は、現れずまた伝わらないまま積み重なってゆく。気にしていたら業務が進まないので、結果もう誰かと口をきくことが億劫になる。

古参の人間は、どんなに問題のある人でもさすが長年居座っただけあってあの手この手で自分の利益を守る。あんな雇用にしがみつくだけの価値はないと最近思うのだが、とにかくそんな人だから他所で雇われるのは難しいだろうこともあって、そこを居場所にしている。

これはどっかで断ち切らないと、と思うパターンにハマりかけてることを今書きながら再確認すること。今の職場というか週5フルタイムの直雇用非正規という働き方と、家族同居の住まい方を変えないと、私は生計はおろか自分の身の回りを含めて一切の行動や段取りを、自分の主導権あるいは自己決定ではたす余地を奪われるだろう。

私が帰郷したのは、仕事の代わりはいくらでも居るが自分の人生は自分にしか生きられないと気づいたからだ。仕事の引き継ぎも返済も先の見通しも知らない。ただ順番から言って、親より先には死にたくない。親も、今はその親の介護でこれも余裕なく過ごしているが、いつか見送りの日がくるでしょう。そして自分たちもまた、すでにその歳まで一通り経験した人生として意味づけられ、終い支度へ向かうこともできる。

私は彼らを真似たいとは思わないが、納得いく経験を経てから命を終えたい。震災の年から始めた断捨離が引き合わせてくれた新しい学びのことも、続けるためにはなるべく中途半端な関わりはやめて、稼ぐことをセーブしてでもまとまった期間集中して没頭したほうが良い、そのためには、たとえば「断片化」とか不安定と思われている働き方を選ぶのもアリだとこの数日思う。

退職して職業訓練を受けるか派遣をやるか、在宅か、まず住まい方を変えるか、選択肢じたいはけっこうある。

けれど第一には、数年間続いた今の居場所を断捨離することから、と改めて思うのです。