いわきび、森の明るみへ

四国の片隅から働き方や住まい方を再考しています。人生の時間比率は自分仕様に!

足指骨折からのQOL再考

 先週金曜、誤って右足薬指を骨折してしまった。職場の飲み会へ向かう途中、路面電車を降りようとしてステップから転げ落ちたのだ。蒸し暑い雨の夜で、傘を持ちスカートにサンダルという慣れない服装、足場の悪い車内、これまで服にお金をかけられずサンダルがボロかったせいもある。

 

 とはいえ軽症ですんだ。レントゲンを見ても素人にはどこが折れてるの?と思うほど。ただし骨が完全にくっつくまでは最低1ヶ月半かかるそうで、それまでは添え木をし、包帯を巻き、週2回は通院して包帯の交換が必要になる。

 

受傷直後の手当はこんなふう。

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 ここで3点の問題があった。

 

 一点目は靴が履けないので、この添え木をしたまま履けるサンダルを探すこと。つっかけやクロックスを試すも、添え木の突起部分が引っかかること、大きめサイズだともう片方の足に大きすぎる、そもそも脱げやすいことから却下した。

 そこで選んだのがバックル付きサンダル。指部分とかかと部分の双方に穴あきベルトがあり、締め付けを調節できる。

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これだと左足も一番小さなサイズまでバックルを締められるし、かかとから脱げる心配もない。ちなみに普段の靴サイズは23.5だが今回は添え木部分を含めて24〜24.5を買った。

 

 

二点目は通勤。幸いデスクワークかつ階段もゆっくり上れるので仕事はできる。ただ自転車に乗れず、踏込みができないので自力だと電車通勤となるが、平地をゆっくりしか歩けないのに電停まではけっこう距離がある。加えてサンダル以外は履けないので雨の日に外を歩くのは困難だ。長靴も試し履きしたものの、足は入るが歩くには添え木が引っかかって危険とわかってやめた。

 で、家族に車で送ってもらっている。(…いやもう高齢の親をこき使う不甲斐なさ心苦しさは相当なものなのだが、ほかに安全な手段がないので仕方がない。)

 

 

 三点目は入浴。骨折後2日間は大きめビニル袋をかぶせてねじり、テープで止めて輪ゴム3本で口を縛り、シャワーを浴びていた。が、隙間からどうしても水が入り、包帯が濡れてしまう。うんざりしてネットを検索すると、介護用品の部門でギプスカバーが見つかった。

https://item.rakuten.co.jp/porto3/adult-leg-s001/

 

 今回はヤフーショッピングで同じ物を注文し、約3日後に到着した。

こんなギプスカバーを使っています。

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シリコン製の入り口を開けて患部を差し込むだけで水染みなし、濡れないという優れモノなのだが、蒸気で内部が湿るのを考慮して、私は患部をキッチンペーパー約5枚分で包んでからカバーをはめている。

 

 

 このように大きな問題はどうにか凌いでいるものの、移動と行動の制限からメンタル面はけっこう削られる。自分の不注意とはいえ気が塞ぎ、気が滅入る。

 

 今月末は旅行をと考えていたが当然中止。

 

 いくら軽症でも、立ち居振る舞いが普段どおりにいかない。日用品の買い足しどころか家の二階から入浴のためのあれこれを持って降りる時も段取りと順序を決めないと、あ、ちょっとアレ忘れたので階段途中で戻って引き返す、という身のこなしが難しい。

 

 高齢者が車を手放せない理由もわかる。運転し慣れた人にとって、自動車は力の証なのだ。限られた時間内に複数の用事をこなせるし、人を助けることができ、何より自分の意志とタイミングで動ける。自分のしたい時に、したいタイミングでどこかへ移動する。この自己決定、自己制御がどこまで可能かが、意外と自尊心と深く結びついていることを痛感する。

 考えれば、歳をとって足腰が弱った人にとって現行の地方公共交通機関は案外ストレスフルな手段だと思う。発車に間に合うよう行動を調整する負担、停車場への移動、待ち時間、どんな客と居合わせるかわからない時の運ー。 

 今の私は躊躇なく電車の優先席へ座るけれど、混んでれば空きはなく、空いていればお構いなしにばっかりそうな荷物持った人や足バタバタさせる子どもが座りこむ。行きより帰りの方が皆の気が緩んでいる分、自他への注意が向かないみたいだ。

 高齢ドライバーがなかなか免許を返上しない理由の一つに、地方では車がないと生活できないから、がある。だが車なし生活が可能な都市部の高齢者も同様に免許を手放さないのは、上記の理由もあるように思う。

 

 今回の参院選では重度障害をもつ議案が二人誕生した。バリアフリー、移動保障、情報保障はそれを必要とする人にとって死活問題であることを、お二方は誰よりもご存知だろう。超高齢社会に入ったこの国で、少しずつでも生きやすさを作っていく方向に私も連なりたい。