いわきび、森の明るみへ

四国の片隅から働き方や住まい方を再考しています。人生の時間比率は自分仕様に!

法事のあとで考えたこと

 土曜日は母方祖母の一周忌だった。上京し、滅多に帰らない弟も帰省し、家族で呑みに出た。私が探して予約した店だったが勘定は母持ちになってしまった。

 

 法事に限らず盆や正月など家族親戚が寄り集まる場には独特の尾を引くしんどさがある。出てくる話題が仕事(というか雇用形態や身分、給与額)、所帯・子どもを持つ/持たない、今後の身の振り方、そして歳をとった人々によるその世代の常識で言いたいことを言うだけという、心身ともに削られるか追い詰められるかする話題ばかりだからだ。

 

 でもそんなことはよい。家制度やしきたりに基づく家族行事にまつわる心境や話題など、いつの時代もどこの社会もそうだろう。

 

  しんどいのは、身内から寄せられる様々な感情を、否定一辺倒でバッサリ伐れないことだ。

 

 今年96歳になる父方の祖母は、2年前祖父が施設に入った後ずっと一人暮らしをしている。近くに住む叔母が毎日祖母を訪ね、祖父のいる施設に面会へ連れて行く。その折に祖母の家を片付けたり、通院や買い物にも連れて行く。私の父も週数回は家や庭の片づけ・掃除をしに行く。それでも、もう一人暮らしはギリギリ限界に近いようだ。法事のあと弟の顔見せを兼ねて挨拶に訪れた祖母宅は、もともと祖母がモノを捨てられない・捨てさせないこともあって足の踏み場に困り、わずかに異臭が立ち込めていた。

 

  訪問するとなぜか祖母は、私が幼い頃の写真を貼った分厚いアルバムを出して見せてくれた。これはまったく予想外のことだった。もう遠い昔になってしまった東京(両親は仕事の都合で私が生まれてから8年間東京に住んでいた)での日々が鮮やかに写しとられており、祖父母や両親からできる限りの愛情と注意を傾けて育ててもらっていたことを否応なく見せつけられた。

 

 

 就職氷河期世代の受難と理不尽さ、それらが社会構造に起因する作為的なものだということは、今ではあちこちで指摘されている。アラフォー以下の世代が貧しく不安定なのは自己責任ではない。氷河期世代への仕打ちは、遅れてきた国内経済のグローバル化に対応するためになされた日本的経営の変種や、一連の新自由主義改革の一環であった。

 

 だがそれ以上に、日本社会においてメンタリティの側から体制を維持する機能を果たしたと私は考えている。新卒一括採用をはじめとする日本型雇用慣行を決して崩さず、新卒で正社員として就職し、適齢期に結婚して子どもをもうけることー、書いてみれば空疎なことにすぎないが、それが昭和レジームにもとづく日本の繁栄と幸福を保障・下支えする神話だった。少なくとも親世代はそう信じて疑わずに来れた。そして結局、それ以外の価値観をもつことができないか、経済基盤を得たうえでの余興のようにしかとらえていなかった。彼らにとっては人権も新しい生き方・働き方も、経済成長という下駄の上に成る産物だったのではないだろうか。

 

 

 上記のことは、今の若い世代にとっては決して当たり前でなくなっている。就職が売り手市場てあってもだ。高度経済成長を前提に作られた制度や慣習の問い直しは、良くも悪くもごく身近なこととなっている。一方で私たちは、高度成長を経験した世代が当然に享受した生活水準を、経済成長や旧世代の資産に依存しないかたちで取り戻すこともしなければならない。「ふつう・あたりまえ」を問い直すと同時に取り戻すこと。難しいが、これも世代の役割だろうか。

 

 そんなことを解っていながらもなお、自分を育てた身内(これもよほどの毒親でないから言えるだけのことだが)に対する感謝と罪悪感が複雑に絡み合い入り混じった負の感情が荊か蔓状の草のように心身を浸し、まといつく。4歳下の弟が、なまじ姉の私より世渡りが上手くて色々の「ガチャ」に恵まれた(?)ために言いたいことを言い放つのを傍で聞き続けた弊害を、今週は少しずつ削ぎ落として、自分の人生のハンドルを再び自分で執れる日を目指して暮らしていこうと思う。