いわきび、森の明るみへ

四国の片隅から働き方や住まい方を変えたく奮闘中。既定路線から降りても研究と執筆を開花させるには?人生の時間比率は自分仕様に!

自分仕様の休日

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久々に県外へ行ってきた。本当はGWに行きたかったのだがまたしても風邪をひき、体調が悪くてとても遠出する気にはなれなかった。

この日帰り旅行というのがじつは思いのほか時間のロスが多い。何度か書いているように地元は交通アクセスが不便でとくに海を渡るまでに実質半日は吹き飛ばす移動法にどの交通手段を選んでもなってしまう。今回も例外なくそうだった。晴れて暖かな日ならまだしも今日みたいに明け方まで雨で風があり寒い日などは現地着〜目的地出発便までの時間をどうにかして室内で過ごさねばならない。でも、昼からはとても日差しが強く帽子を忘れたのを後悔するほどだった。


行ってきたのは高松市牟礼町にあるイサム・ノグチ庭園美術館。晩年のノグチがアトリエを構え、牟礼町特産の庵治石ほか全国、世界から運んだ石を用いた彫刻作品やその制作の跡が残されている。


五月の空と新緑の葉ずれのもと白くまぶしい世界が広がっている。周囲は山道と戸建の家、石材会社が立ち並ぶ。私を含め20数名の観客を連れて館のガイドさんが案内してくれる。著作権上の問題から写真撮影禁止のため、作品をここへ載せることはできない。しかし、石切場とそこへ揺れる木々、日差し、石の輪郭、制作小屋、未完のものも多数あるという作品群は生きているあいだにぜひ見て味わって頂きたい。カキツバタやヤツデの繁る水路、急斜面に作られた石の川、 履いて整えられた地面に浮かぶ石たちの影。

暗い小屋の中に安置された玄武岩の石彫を前に、私は涙がにじむのを感じた。20世紀という国家の時代を日米二つの国に翻弄されながら続けた制作の跡が闘いでなくて何であろう。孤独のうちに生み出された作品に漂うユーモアと洗練性。 ニューヨーク、パリ、インド、イタリア等各地を飛び回ってなお掬い上げられた日本文化の一部。それはノグチでなければ決して形にすることができなかっただろう。


帰路は平穏な休日の午後だった。冒頭の写真は道端のヤグルマギク
ほかにこんなのとか

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ヘタっている犬とか

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川面も若草も光るのどかな光景だった。

バスが来るまで30分近く。
さすがに日差しがきついのですぐ横の緑地に入る。楠並木の下にイネ科の草と、ニワゼキショウと水色の小さな花の群生を眺めながらベンチでぼんやりする。

7年前の初夏を思い出す。震災後の歪み、慣れない仕事、災害とは無関係ながら当時突然訪れた親しい者たちとの断絶、そして数百万に及ぶ教育ローン返済。それらを抱えながらも私は愛用の原付で山地や郊外へ赴き、イタドリやミヤマハンショウヅルやケヤキやブナ科の若葉の下に佇み没頭し楽しんでいた。生活は間違いなく今より不安定だったにもかかわらず、限りある時間や予算で暮らしを楽しむことにあっては確実に今より真剣だったと思う。

翻って、ここ最近は「社会性」や歳相応の振る舞いというのにずいぶん縛られていたのが遠出してみてわかる。現職で日々感じるあれこれはしかし、学歴やそれまで従事してきた分野と就いた職にそれほど乖離がない者と自分を比べてみてもさしたる意味はない、と今日ふと思いもする。だいいちこれだけ流動性の高い時代に「どこでも通用する人材」を目指すことやそんなものが居ることを想定すること、どこであれ一部業界の自明性を拡大解釈しただけの「常識」に合わせようとする試み自体有効性が疑わしい。

例の教育ローン返済はだいぶ解決のめどが立ったし、こうしていまやっと、働く者としてごくありふれた休日の使い方ができているみたいだ。地元へ戻るバスからそんなことを思う。


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写真は庭園美術館入り口。基本写真撮影禁止ながらこれだけはOKとのことで。人が作った社会の枠組みに対して順応と問いのはざまを行き来し、自分なりの足跡ーフォルムを築きあげたいものです。