いわきび、森の明るみへ

四国の片隅から働き方や住まい方を変えたく奮闘中。既定路線から降りても研究と執筆を開花させるには?人生の時間比率は自分仕様に!

生存戦略なかば

 祝福を。
 相変わらず地元暮らしがしんどくて胸中グダグダのいわきびです。

 それは、この街が悪いのではない。
 それは、自分が悪いわけでもない。

 ひとえに自分の求めるものと、地元の特色や提供してくれるものが噛み合わないだけである。


 コンパクトシティとしては大変理想的な街です。規模が小さい分、比較的職住が近く(その代わり交通アクセスは何を使ってもまだるっこしい。直で行ける場所が少ない。道が狭い。そもそも道と呼んでいいのか疑わしい小路をクルマが走っている。)、他の大都市圏よりも家賃が断然安く(これは本当。ファミリー向け物件の多い郊外より、中心街それも学生街エリアだと2~3万円台の貸部屋がザクザクある)、野菜高騰の折にも産直ではなお良心的な価格で手塩にかけたであろう作物が並んでいる。チェーン店やショッピングモールが増えるかたわら個人店が健在でなかでも個人経営の飲食店とパン屋は穴場が多い。交通マナーは酷いが、人々の歩く速さは概してゆっくりで、バスや電車の乗降で多少もたついても運転手ほか皆さん気を立てることなく待ってくれます。

 ただ、主要施設が中心街に固まっておらず分散して立ち、かつその動線も考えて作られたとはとても思えない。だいいちJRと私鉄の駅が離れすぎている。県外へのアクセスが不便。そこを拠点に県外へしょっちゅう移動しながら活動しようと思う人には住みにくい街だろう。


 さて。上記に「自分が求めるもの」と書いたので、もともとどうしたかったのかを振り返っておこう。

  労働は、必ずしもやりたいことと直結していなくてもかまわない。だから異業種転職もやってみたのだけど、慣れて覚えるまでの負担は決して無視できないことが最近わかってきた。同じ非正規でも、毎月ルーティンワークが決まっていて決められた期日までに担当分を間に合わせればよかった前職とはちがう。とうぜん、業務外で下調べや勉強が要る。が、現職でしんどいのは基本的にチームワークで、一人で決めて実行するタイプの業務遂行があまりないこと。

 まだ業務のすべてを経験したわけではないが、あらためて見えてきたのが自分の得手不得手。自分にはデスクワークが向いていること。というより机上以外の場所で手や体を使うタスクが人並み外れて下手すぎること。それらに少なからずストレスを感じること。じゃあどうするのよと言われても、まずは自覚するのが大切なので記しておく。

 生計手段としての仕事における帰属意識も、自分にとってさほど重要ではない。前に職場のメンバーシップについて記事を書いたけど、
iwakibio.hatenablog.com

それを要求されない雇用形態の方が余計な気をつかわなくて済むかもしれないという思いは変わっていない。むろん、パワハラによる排除やシカトでなければだ。


 私生活の理想は?

 人間関係なら、同じクラスタの人々とつながること。この歳で自分の選好も適性も方向性もあるていどわかってきたなら、どう考えても無関係な人や不特定多数に向けて働きかけるのは非効率だと思う。学生時代、20代の頃なら見聞を広げるためにランダムなつきあいの拡充もアリだが、今はネットもあるし、物理的な距離にかかわらず同志を見つけ、関係を築いていけばよい。

 家事や用事のこなし方について。苦手なことは外注して、比較的得意なことで社会貢献すればよいのでは。外注するにもカネが必要だが、自分を快適にし、自分のQOLを向上させるために稼いでいるのだから、機会があれば遠慮なく他人に任せればよい。

ただ、人手不足のひずみは世間知らずなこの自分にさえ暮らしのあちこちに痛感できる。パート求人でシニア歓迎の文字。増えるセルフレジ。コンビニで働くのも、観光でお金を落とすのも外国人が目を惹くこと。人口減少のスピードを示した記事。隣近所の空き家。高齢で独居の方、私の親友を含む老々介護の人たち。

技術化、機械化、自動化による対応の先には、できればポスト労働社会(この語はSNSで拾っただけだが、本当にそういう社会が来るなら働くのが好きではない人には朗報ではないのか)の朝が待っていてほしい。


ここまで書いて、職場でのやりとりを思い出す。入職してからずっと、「技術はタダではない」ことを忘れた時はない。職場は学校じゃない。業務は趣味じゃない。棲む世界は違えど、私もある局面では決して世間知らずでは居られずにきた。でも、これまでとは全く異なる技術職の世界を間近に私は勤務が終わると悲壮感と寂しさに覆われた。仕事のことで思い悩めばその分執筆や研究から遠ざかる。どれもこれも中途半端で気晴らしの場所もなく、寒さと疲れとヒビ赤ギレの痛みでこの二ヶ月くらいかなり停滞した。

結局、どんな自分でもどこかで受け入れて進むしかないのだと思う。私は気負いで空回りするタイプなので、情緒的なことはひとまず置いて、仕事と自分の執筆・研究・文献集め・読み・まとめ、語学訓練の身近なタスクを一つずつこなしていくのです。