いわきび、森の明るみへ

四国の片隅から、働き方や住まい方を変えたく奮闘中。人生の時間比率は自分仕様に!

情況

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祝福を。

あさってから晴れて自由の身となるいわきびです。…家族と同居していなければ。

出勤しなくてよいのは嬉しいが、自宅が居心地が良いわけでもない。

いっそ本格的に篭ろうかとも考えるが、自分に不便なことが多いのでそうもいかない。

この3月に入ってから、ありとあらゆる選択肢が扉を閉ざしていく。県外で勤め先が決まらなかったのは想定内として、アテにしていた保証人なしの物件さえ借りる資金が足りないこと、雇用保険の受給が延びること(秋にさっさと辞めていれば別の職業訓練に申し込み、今頃給付も受けていた)、何よりこの地元で、あの家族と同居しながら半年〜1年を暮らすのは生きていても死んでいても魂の活力は同じではと思う。

自分が甘かったのだと言われればそれまでだが、そんなことは自分がいちばん知ってるし、地元しか知らない人たちより格下から、ゼロというよりマイナスからのスタートであり、この地で何も成さないまま老いていく自分しか想像できず屈辱しかない。

帰郷する時候補に上がった物件と、保証人を引き受けてもよいと言ってくれた学生時代の先輩に再度連絡をとるか?こっちで間借りできるところを探す選択肢もありか?

だがもうこの4日間くらい精魂尽き果て何もする気がしない。派遣応募も4月あたまの分はもう締め切っただろうか。首の後ろがひどく凝って痛く、寒気もする。引き継ぎもモノを言うのも億劫だ。

3月に自殺が多い理由はそりゃあそうだろうと思う。

老いていく自分。

ダメなほうへ足を引っ張る手がぞろぞろと伸びてくる感じ。

せっかく縛りがなくなったのだから旅でもすればと思うがそれも資金がもったいない。

よく人生で抜き差しならぬ状況に陥った人にプライドを捨てろという助言がされるが、尊厳ある暮らしを望むのはそんなに悪いことなのだろうか。安手の野卑な笑いを拒んで身を安らいたいという気持ちは、いけないことなのか?

明日になればまた良い案が浮かぶかもしれません。ですが、いわきびは少し先まで元気でいる自信がない。生きてはいるだろうが、魂が生きていない。

ぜんぶ詰んだので。売り言葉に買い言葉で大事な夢の一部まで口に出してしまい、後悔している。持っているものまで取り上げられた気分。

ここに書けることは書いていくが、今は前向きな条件が一つもない。

そうやって、2008年に一つ歳下の友人は死んでいったのだろうか。

どう結んでよいのかわからないのだが、勝てる市場を探して多様な意味で勝利の人生を取り戻したい、いわきびなのでした。