いわきび、森の明るみへ

四国の片隅から働き方や住まい方を再考しています。人生の時間比率は自分仕様に!

ごあいさつ

こんにちは。

いわきび、と申します。

はてなブログがおすすめ!とあちこちで見たので使ってみることにしました。

しばしお付き合いを。

 

 私はいま勤め人をやりつつ転職活動中。2か月前から転職サイトに登録してあれこれ動き、在宅ワークも視野に入れつつ新しい働き方を模索。かつこれとセットで転居を予定しています。現在の居住地は生活費が安いので有名ですが、賃金も破格に安いので・・・

 かなり長い間地元を離れて暮らしていた私が帰郷したのは4年前。3.11を経験し、それからSNSの情報をもとにそこへ住み続けては危険だと判断し、十年近くに及ぶ向こうでの生活を手放した。

 当初あった健康問題も落ち着き、経済面も徐々になんとか整ってきて、これから・・・!と言いたいところ。だが後者は整ってくるにつれて、今の働き方に何のメリットもなく、自分の収入の低さにア然とし、何より地元生活のリズムや気風と一体と化した今の勤務を続けていたら私の大事な人生時間が損なわれる、と直観した。

 といっても近年ニュースに出るあの凄まじいブラック企業とは違う。いやたしかにブラックだが、非正規雇用の自分はまだ緩い。じゃ何が嫌かというと、直雇用だと都合の良い時だけメンバーシップを持ち出されて「ここの一員でしょう?だからイレギュラーな業務も引き受けて、飲み会にも参加して、与太話聞いて適当に相手になってよ」という変な甘えを呑まされること。権限もないのに負担と責任を負わされ、会社の一員として帰属を強制されながら切られる時は切られる。むろん雇用の調整弁だからこっちも織込済なのだが、だったら単なるパーツとしての扱いのルールに則った働き方のほうが何ぼか理に適っている。

 次に、フルタイムで家族同の生活だと、決まった時間に決まったことを決まった量しかできない。家事は自分の都合で先送りできないし、まとまった自分の時間は思いのほか確保が難しく、下手したら身の回りのことー食事、睡眠、排せつーさえ自分のタイミングでできない。結果、自分の人生から自分のイニシアが奪われていく。自己決定、自己選択、自分の意志による行動の余地が、砂浜が波に洗われるように侵されていく。日常の些末なことであればあるほど、自己制御の余地が消失することは言い難い屈辱になる。

 そして通勤がじゃま。とはいえこの地では中心街にアクセスできる場所に住み、もっと田舎の不便な場所から通う人のことを思えば文句垂れるなと地元の人は言うかもしれない。でも都会とは違うのです。交通機関を乗りいでも通勤を前提にダイヤがくまれていないのでツギハギのような導線になる。通勤だけで重労働という人は何人もいて、しかしそれが働くということだと強固に思い込んでいる。もっと別なやり方がある気がするのです。

 ・・・とネガティブになりかけたところで一区切りしましょう。私には、長かった学生時代より学んだこと、その後始末を兼ねたあれこれ、そして震災後に着手した新たな分野がある。働き方も居住地もどう変わるか未定ですが、気長につづっていきたいと思います。